令和7年度徳島大学卒業式・修了式式辞

令和8年3月23日(月)
会場 アスティとくしま
徳島大学長
河村 保彦

 本日、学士の学位を取得した6学部1,223名の卒業生、修士の学位を取得した大学院6研究科456名の修了者並びに博士の学位を取得した49名の修了者の皆さんに、徳島大学を代表して心からお祝い申し上げます。ご家族や関係者の皆様には、祝意とともに学生諸君を長い日々にわたり見守って頂きましたことに感謝申し上げます。また、日頃より大きなご支援をいただいておりますご来賓各位、徳島大学各同窓会の皆様にも厚く御礼申し上げます。

 本日の卒業・修了という人生における輝かしい機会に、多くの卒業生・修了生の皆さんにとり高等教育の最後の機会となる2025年度を振り返るとともに、餞の言葉を贈ります。

 先ず、昨年8月15日の終戦の日、天皇陛下は、東京・日本武道館で行われた全国戦没者追悼式で、「戦中、戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います」とのお言葉を述べられ、薄れゆく戦火の記憶を次世代へ継承していく強い思いを示されました。しかし、世界に目を向けると、米国大統領トランプ氏の関税政策で世界経済が揺れ、日本企業も打撃を受けました。イスラエルとイスラム組織ハマスは停戦に合意したものの、不安定な情勢が続いています。ロシアとウクライナの和平を巡っては、いまだに出口が見えません。さらに今年に入って、米国は石油王国ベネズエラへの急襲や、この2月28日には米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃が始まりました。
 一方、2025年の一年を通じて私ども国民の大きな関心事となった事柄は、トランプ関税に加えて、株や物価、コメ価格の高騰と古古古米、大阪・関西万博、女性首相の誕生と「働いて、働いて...」の総裁選勝利直後の演説でのフレーズ、近隣諸国との関係、甚大なクマ被害等が挙げられるかと思います。
 他方、科学界では、ノーベル賞のダブル受賞という明るいニュースがありました。大阪大学の坂口志文特任教授が「制御性T細胞」の発見で生理学・医学賞を、京都大学の北川進特別教授が「金属有機構造体(MOF)」の開発で化学賞をそれぞれ受賞されました。
 スポーツ界では、多くの話題がありましたが、やはりミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックがとりわけ印象的でした。日本選手団は金メダル5個を含む合計24個という過去最多のメダルを獲得しました。我が国の冬季競技の層の厚さと、若い世代の台頭が印象づけられた大会となりました。

 以上のように、2025年度も激動の年となりました。
 これから社会に出る皆さんは、こうした現状と技術の進歩や少子化・超高齢化、地球温暖化やエネルギーの確保等の課題に多かれ少なかれ関わっていくことになります。これまで、国立大学の入学試験は、あらゆる科目に秀でた受験者が入学してきました。しかし現代のように多様な職種があり、そこで活躍する人材にも多様性が求められる時代には、単に試験の成績だけで推し量れない「人間力」の部分を伸ばすことが必要です。

 次に、そのための心強い手助けとなるAI(人工知能)についてお話しします。いつ頃からAIはこんなに身近なものになったのでしょうか。今から4年ほど前、2022年の後半頃のChatGPTの発表から一挙に認知が進んだ様に思います。最近では、身体的・精神的な困難さを抱えた人々のサポーターとして働いたり、細胞として振る舞うAIも作成されています。薬を創る創薬の分野でも、鍵化合物の発見にAIが役立っています。さらに、今後4、5年のうちに汎用AIや超AIが出現し、人間からの質問に自ら考え、ヒトの思考パターンを模して自律的に考察を深化させるAIが現実のものになると予想されています。実際すでに「AIエージェント」と称して、自力で構想し活動するAIが現れています。そんな世の中で、皆さんは今後どのように生きていきますか?それこそ進歩を極めるAIエージェントに仕事は任せてしまい、自らはのんびりと安寧な暮らしに身を委ねてしまうのでしょうか?そうした状況では、時を経ずしてAIが主導権を持つ世の中になってしまうのではないでしょうか。私は、そんな世界が絵空事ではなく、実際に起こりうることと思います。そんな近い将来に、なお人が人としてリーダーシップを発揮し続け、世の中を発展させていくためにどうしたら良いのでしょうか。
 この問いに、私はコンピュータに頼る日常から改めて、肉体と感性を重視することが重要ではないか。言い換えますと、人は現場にあってリアルな課題を知るフィールドワーク的な取組が重要ではないかと考えます。成り行き任せではAIが進歩すればするほど、AIに人が使われる世の中になっていきます。そこで、体を動かして現地・現場で活動する。その結果、AIでは代替できない、人との対話と機微な感情のやりとり、感性に訴えかける美術作品や音楽、味覚や香りなどの五感の発動から起こる情動が引き起こされることになる。こうして実際に人が動くことで、他の人との共感や協働作業が発現し、人間活動が前進していくのではないかと考えます。
 その例に、ある若手言語学者の興味深いお話しを聴きました。世界には言語が何と7,000もあるそうですが、その中にアイヌ語のように文字のない、音だけで伝えられる特殊な言語が数多くあるそうです。そうした言語は貴重な人類の知的財産である一方、使用者の激減により消滅の危機に瀕しています。その研究者は、そうした、文字を持たない言語の記述・解明に携わっているのですが、現地の人と寝食を共にし、時間をかけて信頼関係を築き、その言語を採録しているそうです。同時に、その研究を通じて、文化、風習、独特の世界観をも学ぶことができているとのことです。
 これはフィールドワークによる研究活動の一例ですが、体を動かし感性を働かせることで、AIでは不可能な、人間ならではの活動ができた例と考えます。
 もう一つ、人は現場でリアルな課題を知り、大きな創造力が発動できた例を紹介します。この3月初めに、私はノーベル賞候補者の佐川眞人先生という方のご講演を聴く機会に恵まれました。超高性能磁石を作成するために、磁石の素材となる物質をそれまでのあたり前、常識に挑み、「考えて、考えて、考えて」現場で実験に明け暮れ、ニオジム磁石すなわちニオジミウム-鉄-ホウ素から成る超強力な磁石を考案されました。今ではその磁石は、ハードディスクや身近なスマートフォンに使われる欠かせない材料となっています。この例のように、前例のない強力な磁石を創ることに対して、果たしてAIは有力な示唆を与えてくれるでしょうか。私は、ChatGPTに「プラスチックで強力な磁石ができないか」と問いかけてみました。軽いから大いに役に立つだろうと考えたのです。瞬時に回答はありましたが、いずれも磁力のある粉末をプラスチックに混ぜるというものでした。分子の構造そのものに磁性を持たせることも問うてみましたが、「まだ研究段階で、強力な磁石は難しい」というそっけない回答でした。AIへの問い方にもよるのかも知れませんが、現段階では、未来の素材と示唆する創造的な回答は示されませんでした。

 さて、そろそろ結びとして、今までお話ししたことをまとめます。
 明日をもしれないこの不確実な時代に、批判的思考力を養い、それぞれの業務の現場で多様な人との対話を通じてリアルな課題に気づき、考えに考え、そしてなお考え、創造力ある課題解決を図るといった「人間力」を高め続けて下さい。その結果、AIを使いこなし、未踏の価値創造をする人物として活躍されることを祈って止みません。

 本日は卒業・修了誠におめでとう。徳島大学を巣立っていく諸君の前途に、大いなる幸あれと心から祈ります。

最終更新日:2026年4月15日

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