光のストップウォッチで、蛍光寿命画像を一括測定 ~焦点走査の不要な光学顕微鏡を開発~

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発表のポイント
▷細胞内の様々な現象を明らかにする上で有用な蛍光寿命画像を、焦点の走査無く、一括して取得可能な手法を開発した。
▷44,400個にも及ぶ「光のストップウォッチ」を2次元空間に並べて、蛍光寿命を同時測定することに成功した。
▷イメージ内での同時計測性が常に担保されるので、生きた細胞の動態観察が必要なライフサイエンス研究への応用が期待される。
 

 蛍光物質に瞬間的な光を照射すると、発生した蛍光は直ちには減衰せず、その蛍光物質特有の減衰時間(蛍光寿命)をもって減衰します。この蛍光寿命を観測し、試料をマッピングする手法が蛍光寿命顕微鏡(注1)です。蛍光寿命は、実験条件に依存しないので高い定量性が得られ、細胞内の蛍光分子の環境変化などを高感度に検出することができます。しかし、蛍光寿命顕微鏡は点計測に基づいているため、画像取得には焦点位置の機械的走査(スキャン)が必要となり、高速な画像取得が制限されていました。
 徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所の水野孝彦元特任助教・安井武史教授らと宇都宮大学オプティクス教育研究センターの山本裕紹教授の研究グループは、上記の課題を解決するため、デュアル光コムを光源に用いた蛍光顕微鏡を開発しました。本研究では、光コム(注2)の「超離散マルチ光チャンネル性」という光周波数モード列(注3)が等間隔に並ぶ特徴に着目し、ひと組の光コム(デュアル光コム)による光の輪唱(光ビート(注4))と、光波長/空間/電気周波数の多次元変換を融合することにより、蛍光寿命と蛍光強度の顕微画像を焦点走査無く(スキャンレスで)高速に一括取得できる手法を開発しました。本手法により、細胞内での分子の広がりや動きをつぶさに測定することが初めて可能になり、生きた細胞の動態(ダイナミックス)の定量的観察が必要なライフサイエンス研究への応用が期待されます。
 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト(JPMJER1304)」、科学研究費助成事業(19H00871, 26246031)、内閣府・地方大学・地域産業創生交付金事業[徳島県「次世代“光”創出・応用による産業振興・若者雇用創出計画(次世代ひかりトクシマ)」]、中谷医工計測技術振興財団(1802003)からの支援を受けて行われました。
本研究成果は、2021年1月1日14時(米国東部標準時)にアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science)の電子ジャーナル「Science Advances」で公開されます。


発表内容
<研究背景>
 細胞内における特定の場所や機能タンパク質について蛍光標識を行い、その蛍光強度を観察する蛍光顕微鏡は、生きたままの細胞を観察するライブイメージング技術として広く利用されています。しかし、蛍光強度は、観測している蛍光物質の濃度以外に、光退色/励起光強度/励起波長/光学系などの実験条件によっても変化するため、定量的な評価は困難とされてきました。一方、蛍光物質に瞬間的な光を照射すると、発生した蛍光は直ちには減衰せず、その蛍光物質特有の減衰時間(蛍光寿命)をもって減衰します。この蛍光寿命を観測し、試料をマッピングする手法が蛍光寿命顕微鏡です。蛍光寿命は、実験条件に依存しないので高い定量性が得られ、細胞内の蛍光分子の環境変化などを高感度に検出することができます。
 蛍光寿命は、極めて高速な現象であるため、通常のカメラは利用できません。一点毎に蛍光寿命を高速光検出器で計測する手法(点計測)が、蛍光寿命顕微鏡では利用されてきました。しかし、この場合、イメージを取得するためには、焦点スポットを機械的に走査(スキャン)する必要がありました。その結果、蛍光寿命イメージを高速に取得することは困難でした。

<開発した手法の概要>
 徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所の水野孝彦元特任助教・安井武史教授らと宇都宮大学オプティクス教育研究センターの山本裕紹教授の研究グループは、デュアル光コム・ビートと多次元変換を用いて、44,400個にも及ぶ「光のストップウォッチ」を2次元空間に並べて同時測定することにより、蛍光寿命画像を焦点走査無く(スキャンレスで)高速に一括取得できる手法(デュアル光コム蛍光寿命顕微鏡)を開発しました(図1)。

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図1 デュアル光コム蛍光寿命顕微鏡の概念図

 従来の蛍光寿命顕微鏡(FLIM:fluorescence lifetime microscopy)では、レーザー光を用いた光ストップウォッチのサンプル焦点位置を機械的走査ミラーで少しずつずらしながら、順番に計測をしていました(図2上図)。その結果、サンプルの全面に光ストップウォッチを当てるのに時間がかかっていました。
開発した手法(デュアル光コムFLIM)では、以下の手順に従って、蛍光寿命イメージを取得します(図2下図)。

① 周波数間隔がわずかに異なる2つの光コムのビームを空間的に重ねて干渉させ、
 明滅(変調)周波数が異なる44,400もの光ビート信号(デュアル光コム・ビート群)を生成します。
 これにより44,400個の光ストップウォッチが生成できました。
② 44,400個の光ストップウォッチを2次元平面に整然と並べるため、まず、デュアル光コム・ビート群を
 VIPA(Virtually imaged phased array)に入射することにより、デュアル光コム・ビート群を複数の
 グループに分けて垂直方向に展開します。
③ 次に、複数のグループに分かれて垂直方向に展開されたデュアル光コム・ビート群を回折格子に
 入射することにより、各グループ内の光ビートを波長に応じて水平方向に分散させます。
 その結果、デュアル光コム・ビート群を構成する個々の光ビートが2次元空間に展開され、
 2次元の虹が形成されます。
④ この2次元の虹は、サンプルの全面を覆うように照明されます。この時、位置毎に異なる周波数で
 明滅しますので、周波数を計測すると位置を特定することができます。
⑤ この同時照明によって蛍光が同時発生します。蛍光は、照明と同じ周波数で明滅しますが、
 蛍光寿命に応じて位相がずれます。整然と並べられた44,400個の光ストップウォッチで、
 明滅の位相ズレの空間分布を同時計測します。
⑥ 明滅周波数とイメージ画素の対応関係から、蛍光寿命イメージを一括取得することができます。

 開発した装置の有用性を確認するため、蛍光性テストチャートを計測しました。図3(a)及び図3(b)は、デュアル光コム・ビート群(周波数多重化電気信号)の振幅と位相の周波数スペクトルを示しており、その凹凸が2次元イメージ情報を反映しています。これらの周波数多重化信号と2次元蛍光スポット群の1対1対応関係に基づいて画像化した結果、図3(c)及び図3(d)が得られました。これらのイメージは、蛍光性テストチャートの蛍光強度及び蛍光寿命を反映しており、本手法によってスキャンレスで蛍光強度イメージと蛍光寿命イメージの同時取得が可能なことを確認しました。

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図2 測定原理。上図(1〜3コマ目):従来の計測法
下図(4〜7コマ目):今回開発した手法による蛍光寿命イメージの取得

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図3 実験結果

<社会的意義>
 本技術は、ライフサイエンス分野での利用が期待されます。例えば、同時計測性が担保された蛍光寿命イメージを取得することができるので、生きている細胞で内部の分子の動きをつぶさに観察することが可能になります。その結果、生命現象や生命機能解析に関する新たな知見を迅速に取得できると期待されます。また、新型コロナウイルス診断でも利用される抗原検査などで、膨大なサンプルを同時に並列計測できるので、大量自動検査システムへの応用が期待されます。

<用語解説>
(注1)蛍光寿命顕微鏡

 蛍光物質に瞬間的な光を照射すると、発生した蛍光は直ちには減衰せず、その蛍光物質特有の減衰時間をもって減衰します(図A上段)。この時、蛍光強度がピーク値からその1/e(=36.8%)に減衰するまでの時間を蛍光寿命τといいます。一方、正弦波状に強度変調された光を照射すると、発生する蛍光強度も同じ周波数で正弦波変調されますが、蛍光の位相は蛍光寿命に応じて、励起光から遅れます(図A下段)。この位相遅れ(位相ズレ)φと蛍光寿命τの関係は、図中式の関係で示せることからから、測定した位相遅れφより蛍光寿命τを算出できます。

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図A 蛍光寿命測定
蛍光寿命顕微鏡では、蛍光寿命の時間領域測定法(図A上段)あるいは
周波数領域測定法(図A下段)を用いて、焦点スポットを機械的に走査(スキャン)
することにより(図B)、蛍光寿命イメージを取得することができます。

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B イメージ取得のための機械的焦点走査

(注2)光コム(光周波数コム)
 光コムは、数万本から数十万本にも及ぶ狭線幅な光周波数モード列(光コム・モード)が等間隔で櫛(comb:コム)の歯状に整然と並んだ超離散マルチスペクトル構造を持っています(図C)。この「超離散マルチ光チャンネル性」という特徴に、光波長/空間変換を適用すると、光コム・モードと2次元イメージ画素を1対1対応させることが可能になり、光コム・スペクトルから2次元イメージを取得することが可能になります。さらに、空間/電気周波数変換を利用すると、電気周波数信号として2次元イメージを読み出すことが可能になります。

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図C 光コム

(注3)光周波数モード列
 光周波数と光波長は反比例の関係にあり、両者の積は光速(=毎秒299,792,458メートル)に等しくなります。

(注4)光ビート
 光は波の性質を有しているので、光周波数(光波長)が異なる2つの光が干渉すると、その光周波数差に相当したビート周波数を有する光のうなり(光ビート)が生じます。通常、光ビート周波数は、光周波数よりも極めて低周波で、光検出器で電気信号に変換することにより、電気周波数信号として得ることができます。

<発表雑誌>
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Full-field fluorescence-lifetime dual-comb microscopy using spectral mapping and frequency multiplexing of dual-optical-comb beats
著者:Takahiko Mizuno, Eiji Hase, Takeo Minamikawa, Yu Tokizane, Ryo Oe, Hidenori Koresawa, Hirotsugu Yamamoto, and Takeshi Yasui
DOI番号:10.1126/sciadv.abd2102


<ライセンス可能な特許>
国内特許
発明の名称:計測装置及び照射装置
国際公開番号:WO2019/031584
出願人:科学技術振興機構

米国特許
発明の名称:MEASUREMENT DEVICE AND IRRADIATION DEVICE
特許登録番号:10837906
出願人:JAPAN SCIENCE AND TECHNOLOGY AGENCY

ほか、中国、欧州へ特許出願中
※新型コロナウイルス感染症対策の事業を行う事業者の皆様に対し、本特許ファミリーを無償開放しています。
 詳細はWebサイト(https://www.jst.go.jp/chizai/openpatent.html)をご覧ください。

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