最先端研究探訪(とくtalk176号 2019年7月号より)

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菌の生存戦略に対抗するバイオフィルムの人為的コントロールを目指して

大学院医歯薬学研究部 歯学域
写真手前が藤猪先生。奥左側が村上先生、隣が廣島先生。

お風呂場のヌルヌルは菌の生き残り戦略

ラボの長年の研究テーマは"バイオフィルム〞。バイオフィルムとは菌の巣のようなもので、菌単体なら抗菌薬で死滅させることができますが、バイオフィルムを形成することで何らかの適応力を身につけ、抗菌薬が効かなくなるのだとか。「バイオフィルムの身近な例は、流しやお風呂場のヌルヌル。あのヌルヌルは菌が作ったバイオフィルムです。こすり取らない限り、なかなかとれないですよね?これは体内も同じで、普通の繊毛運動などではとれません」と話す藤猪先生。
共同で研究を行っている村上先生は緑膿菌を使って浮遊菌と付着菌(バイオフィルム形成菌)の違いを探っています。「少し前まで、バイオフィルムはバリアのようなイメージで、薬が浸透しないので効き目がないと言われていましたが、実際は網目状になっていて、抗菌薬は入っているんですね。
そのためバイオフィルムの中で一時的に薬が効かない状態を作っていると考えられます。
その理由としていくつか候補が挙がっていますが、菌の遺伝子変異、抗菌薬の使い方の両方からアプローチしています。いつ解明できるかと言われると、人間が地球上に誕生する何百年も前から菌は生存しているので、まだ現状では菌の方が強か。バイオフィルムは菌の生存戦略です」。

学生
居合わせた学生の皆さんが、撮影のため、普段の研究の様子を再現してくれました。
ありがとうございました!

細菌の生存戦略

抵抗性のある付着菌が引き起こす慢性感染症が拡大中

菌はバイオフィルムの中だと抗菌薬によって死にませんが、増殖もしません。しかし、何かの弾みで外に出ると、人間の場合、急性炎症を引き起こします。一時的に症状は治まっても体内にバイオフィルムが残っていると、慢性感染症として症状をぶり返すことがあり、こうした症状は増加傾向にあるのだとか。
「以前は菌そのものが遺伝子変異を起こし、薬が効かなくなる薬剤耐性菌が医療現場で問題になり、中にはすべての抗生物質が効かない『スーパー耐性菌が出た!』なんて話もありました。
菌も進化しますから、新しい抗菌薬を作っても、新しい耐性菌を生み出すだけなので、今ある抗菌薬の活性をグッと高めて、慢性疾患を治すことが出来れば、患者さんのためになると思います」と村上先生。そのためバイオフィルムを作らせない、出来てしまったバイオフィルムを破壊するなど、人為的にコントロールする方法の解明が急がれます。
産業界においてもバイオフィルムのコントロールは注目されていて、例えば船底にヌルヌルが着かないだけで、燃料効率が格段にあがるのだとか。
「菌は局面、局面で使う遺伝子が違うのですが、浮遊菌とバイオフィルム形成菌の遺伝子は違うのではないかと考え、菌そのものの遺伝子の探索をひとつのテーマにしています。と同時に、抵抗性を下げる薬物の探索を進めています。耐性菌に対し、バイオフィルム形成菌は『抵抗性を持っている』と言うのですが、この抵抗性をなくすために、いろいろな薬剤をスクリーニングをしたところ、AIAという物質と抗菌薬を混ぜて使うことで、菌がバイオフィルム内で発生した抵抗性の遺伝子の力を抑制し、抗菌薬の効き目を維持することができるということが分かってきました。これが様々な菌に使えるかどうか、研究を進めています」。

バイオフィルムの形成を抑制する漢方や生薬の活用

藤猪先生は昔から漢方や生薬の研究を行っていて、漢方や生薬がバイオフィルムの形成に関わるのかどうか、120種類くらいの生薬でスクリーニングしたそう。
「全然効かないものもありますが、抑制率が9割を超えるものも。MRSAという多剤耐性菌という抗菌薬が効かなくなっているものでさえ、生薬が効いてバイオフィルムを作るのを抑制しているものもありました」。
中でも注目は僕樕(ぼくそつ)という生薬。徳島でよく採れるものだそうで、「オールマイティに効くのかというとそうでもないですし、漢方製剤として他のものが混ざると効きが淡くなりますが、歯周病菌や虫歯菌など口腔内細菌に効果があるという研究結果もあり、ハミガキ粉などの商品開発に繋がるのではないかと夢が膨らみます。将来、徳島のPRに役立つかも知れない僕樕、ちょっと覚えておいてもらえるといいかもしれません」。

インフルエンザの発症を抜本的に抑制する方法も!

この他、ウイルスと免疫の研究も行っていて、インフルエンザについても研究中です。
「インフルエンザは毎年、流行する型が変わるため、厚労省とWHO が予測したインフルエンザワクチンを打って予防しますが、せっかく打ったのに、効かなかったということがありますよね?同じ型のウイルスでも表面のタンパクの変異が激しすぎるので、ちょっとでも変わると効かないんです。
それをもっと決定的に防止できないかと考え、感染した後、ウイルスが増殖する際にポリメラーゼという特別な酵素を使うんですが、このポリメラーゼに着目。ポリメラーゼを阻害することで増殖を防げるかどうか、絵に描いたようにワークするかどうかを実験しています」。
どれもまだ研究段階で、すぐに役立つものではないそうですが、人と菌との知恵比べのような戦いの行方に興味が尽きません。この先どうなったか、また別の機会にお話を伺えればと思います。


藤猪先生のラボの学生たち。

MRSAに対するバイオフィルム抑制効果のあった生薬エキス
桂皮や枇杷葉など、一般的に知られている生薬に混じって
僕樕も効果を発揮している。

ヘマグルチニン修飾BNCによるsiRNAの細胞指向性送達イメージ
インフルエンザの予防に関するイメージ図。バイオナノカプセル
にsiRNAを入れて、あらかじめウイルスが感染する細胞に投入することで、
増殖を防げると考えている。

大学院医歯薬学研究部 歯学域

藤猪 英樹
教授
藤猪 英樹(ふじい ひでき)

村上 圭史
准教授
村上 圭史(むらかみ けいじ)

廣島 佑香
助教
廣島 佑香(ひろしま ゆか)

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