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令和3年度卒業生・修了生へのメッセージ(徳島大学長式辞)

令和4年3月23日(水)
会場 アスティとくしま
徳島大学長
野地 澄晴

成功の罠を逃れる方法 
~Stay hungry, Stay foolish. Don't fall into the success trap.~   

 徳島大学を代表し、この度めでたく卒業並びに修了される皆さんに対し、心からお祝い申し上げます。また、皆さんの成長を見守り、応援されてきたご家族の皆さま、関係者の皆さまにも、今日という記念の日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。
 新型コロナウイルス感染症の影響により、例年とは異なる形で卒業式・修了式を執り行うこととなりましたが、皆さんの健康を第一に考えた結果であることを、ご理解いただきたいと思います。

 皆さんはこの約2年間、非常に辛い大学生活を余儀なくされてきたと思います。新型コロナウイルスの感染者は、3月8日時点、日本で 543万人、全世界で4億4千万人を超え、死亡者数は601万人になっています。日本でも、毎日感染者数が報道されていますので、新型コロナウイルス感染症のことを考えない日は、この2年なかったと思います。最近になり、多くの人々がワクチンを接種していますので、この新型コロナウイルス感染症が早期に終息することを期待しています。

 私自身の生活にも大きな影響があり、この2年間、出張がなくなり、懇親会もなく、会議は遠隔となり、コロナ禍の前とは大きく異なる生活をしています。このような状況の中で、現在の日本の状況とこれからの世界について、私が考えていることをお話しして、私の祝辞にしたいと思います。

 まず、今日本は、後進国になってしまったと言われていることを皆さんはご存知でしょうか。様々なデータが、国の力、特に、日本の科学技術力が低下していることを示しており、これは、大学の研究力の低迷を意味していると思っています。なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか?それを考えているときに出会った言葉の中に、「成功の罠」「サクセス・トラップ」というものがありました。皆さんもご存知のとおり、トラップとは「罠」という意味です。

 この「サクセス・トラップ」という言葉は、「良い企業がなぜ倒産するのか?」という疑問に答えるために、長年研究してきたスタンフォード大学のチャールズ・A・オライリー教授とハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・L・タッシュマン教授が、「Lead and Disrupt」という本で、その原因を「成功の罠」と紹介し、使用されています。経営が悪い企業が倒産するのは「当たり前」ですが、「成功の罠」に陥ると世界トップの優良企業が倒産するのです。
そこで、よく例に出されるのが、コダック社です。アメリカの写真フィルムの会社であるコダック社は、写真フィルムの老舗で、世界の写真フィルムの市場をかなり独占していた、非常に優良な企業でした。しかし、ご存知のように、デジタルカメラやスマートフォンの普及により、昨今、フィルムを使用して写真を撮る事自体が少なくなりました。要は、時代の流れを読めず、デジタルカメラの出現に対応できなかったのです。優良な企業が、なぜ世界の変化に対応できなかったのでしょうか?しかも、デジタルカメラを発明したのはコダック社自身だったにも関わらず、です。写真フィルムを製造販売している優良な会社だったから、つまり、成功していたから、社会の変化に対応が遅れ、「結果的に倒産してしまった」のです。これが成功の罠の一例です。この現象をハーバード・ビジネス・スクールで教授も務められたクレイトン・クリステンセン氏は、「イノーベーションのジレンマ」と呼びました。良い企業が倒産するのは、成功の罠が原因です。
 一方、日本の富士フイルム株式会社は、社会の変化に対応した、生き残りのための様々な戦略を取っています。富士フイルム株式会社は、現在、フィルムの技術を生かして、化粧品事業や医薬品事業なども行っています。つまり、成功の罠を脱出しているのです。
 成功の罠は、実は至る所に存在しているのです。企業もそうですが、国にも当てはまると私は思っています。日本は、今から30年前に戦後の経済復興から高度成長を遂げました。その成功体験から抜け出すことができず、現在、後進国になってしまったと言われるようになっているのではないでしょうか。大学も同じです。大量生産、大量消費が求められていた時代に合わせた人材育成のシステムが、時代が変わった現在も続いているのです。今は、個性を尊重し、個々の才能を伸ばさなければならない時代なのですが、昔と同じ教育を行っています。特に、起業家教育、アントレプレナー教育は遅れていると感じます。日本ではこの30年間、世界的な企業が生まれていません。それは、天才を潰し、起業家教育を行ってこなかったからです。皆さんも、良い大学に入り、良い会社に就職し、終身雇用、年功序列、同じ会社で勤め上げて、円満退社することが最高の人生だと思っていませんか?もちろん、それも良いのですが、自分で会社を立ち上げ、世界的な企業を経営するのも、非常に楽しい人生であることを、誰も教えていないということが問題なのです。
 誰しも、成功するように努力するでしょう。多くの皆さんは、希望する企業に就職し、あるいは、大学院に進学されることでしょう。問題は、成功した後なのです。成功したことに満足した時に、成功の罠に落ち入ります。そして、気がついた時には、大変な状況になっている可能性もあります。今の日本がそうです。
 しかし、原因が分かれば、それを回避する方法があります。それは、成功した瞬間に成功したことを忘れることです。そして、いつも次のステップについて考えることが大事です。企業も大学も個人もですが、現状を発展させる努力と、次の課題を常に探しておかなければなりません。この一見矛盾することを、同時に行うことこそが、成功の罠から逃れる普遍的な手段です。それを、先に紹介したオライリー教授とタッシュマン教授は「ambidexterity(両利き)」と呼び、その経営方法を、早稲田大学大学院経営管理研究科教授で、経営戦略が専門である入山章栄氏が、「両利きの経営」と名付けています。そして、個人の場合は、両利きの生き方になります。
 iPhoneなどを開発した、Apple社の社長だったスティーブ・ジョブズ氏が、2005年スタンフォード大学の卒業式に招かれて「Stanford Commencement Address」という伝説のスピーチを行っています。Commencementとは、「始まり」という意味です。卒業式は終わりではなく、次のステージの始まりなのです。彼は、スタンフォード大学を中退しているので、その時が初めての大学の卒業式でした。彼は、スピーチの最後を「Stay hungry, stay foolish(ハングリーであれ。愚か者であれ。)」で締めくくりました。この言葉が、まさに成功の罠にかからない方法であると私は思っています。
徳島大学から巣立つ皆さんのこれからの人生は、山あり谷ありとなることでしょう。人生とは、良い時もあれば悪い時もあります。谷のように下に向かっている時は、努力すれば越えることができるでしょう。問題は山の時です。良い時ほど気をつけなければなりません。成功の罠にかからないように生きることで、素晴らしい人生を送ることができると私は確信しています。

 大きなvisionを胸に、地域で、そして世界で活躍されることを心より祈念して、私の式辞といたします。最後に、Stay hungry, Stay foolish. Don't fall into the success trap. 
 本日は誠におめでとうございます。

 

 

最終更新日:2022年3月30日

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