最先端研究探訪 (とくtalk125号 平成18年10月号より)

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大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 創薬生命工学分野
伊藤 孝司 いとう こうじ

 

生命活動を支える酵素の最先端で

 

リソソーム酵素に着目

私たちの身体は大人の場合、60~70兆もの細胞からできていると言われています。そしてその一つひとつがまた立派な生命体です。その生命の活動を支えているのがタンパク質や「酵素」の存在です。

酵素は全ての生命体の生命活動に関わる大切な物質です。私たちの身体の中には6000種類以上の酵素があるといわれています。

だから酵素が欠けたり、異常を起こすと病気になります。それらは「酵素欠陥症」と呼ばれています。

伊藤先生は、この「酵素欠陥症」とガンに関して分子・遺伝子の細胞レベルで研究しています。酵素欠陥症として、伊藤先生が着目したのが細胞内の小器官のひとつである「リソソーム」です。リソソームは人間の消化管の役目をするもので、数多くの酵素が存在し、糖質や脂質などを分解する役割を担っていますが、これらの酵素の分解力の低下により、分解されない物質が体内に蓄積して異変を起こし、様々な代謝異常が発生し病気の原因となります。

一方ガンはDNA(遺伝子)の異常が重なったり、一個の遺伝子の異変によって発病するメカニズムが解明されていますが、1990年以降、酵素を補うこと(酵素補充療法)で治療が可能であることも解明され、抗ガン剤の開発にも寄与してきました。

 

酵母で量産した酵素で脳疾患の治療をめざす

ただこれらの酵素は従来、CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞に人の遺伝子を組み換えて培養する方法など、動物細胞を利用する方法がとられ、まだまだ生産コストが高く、また量産するのが難しいのが現状です。感染症の問題も指摘されています。アメリカの薬品会社が販売しているものの、非常に高価であることから、伊藤先生は、国内の最先端の研究室や研究者と情報交換しながら、この酵素を安く量産出来るシステムの研究も続けています。

筑波大学などでは、メタノール資化酵母の遺伝子を改良して人の遺伝子に近いものを作る研究が既に行われており、これをリソソームに投与するためのマンノースという「糖鎖」が発見されています。「糖鎖」はタンパク質と結合(糖タンパク質)して、細胞同士をつなげたり、酵素を構成する大切な物質です。

このように、様々な研究による酵素補充療法の実用化は進んでいますが、大きな関門となっているのが脳内(中枢神経)の治療です。

脳と、脳より下の身体の血管との間には「血液脳関門」と呼ばれる関所のようなものがあって、血液中の物質を簡単には脳に通さないようにして脳を守っています。さらに脳の血管は外側がグリア細胞と呼ばれる数多くの細胞で取り囲まれており、異物の通過を防いでいるのです。

しかしながら小さな物質は通りやすい、大きいものは通れない、ということではないのです。インスリンのような比較的分子の大きなものは通過させるのに、それより小さな分子のものを止めてしまったりします。脳のこの不思議な仕組みはまだ全て解明していないのです。

名古屋大学の沢田教授は、脳内13 8にある「ミクログリア」という細胞から「ペプチド(2個以上のアミノ酸で構成されたもの)」を発見しました。

伊藤先生はこの新しいペプチドと酵素を結合させることにより、治療に有効なリソソーム酵素を脳の中に送り込むことを研究中です。

東大時代に「エクダイソン(ホルモンの一種)により特異的に誘導される脂肪体タンパク質のリン酸化反応の解析」の論文により薬学博士となった伊藤先生は、その後、(財)東京都臨床医学総合研究所に就任。

以来12年の臨床経験も含めて、20年近く現在の研究に取り組んできました。 「今後は、現在の研究を基盤として、中枢神経の治療や、患者個人に応じた個別治療の根拠となるような成果を出していきたいですね」と意気込みを話してくれました。

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伊藤氏と研究スタッフ、研究室の様子

 

[取材] 125号(平成18年10月号より)

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