最先端研究探訪(とくtalk180-181号)

トップ記事最先端研究探訪(とくtalk180-181号)

スペースバルーンプロジェクトが繋げた研究の輪  今、成層圏がおもしろい!

スクリーンショット 2021-04-05 13.46.47.png

8000mを超えると空気はほとんどなく、青く光っている地球と宇宙の境目は宇宙の渚と言われいます。「あの薄い大気一枚で私達の生活を宇宙線 や紫外線から守っていて、これがなくなったら生物全部終わり。そうした光景を目にすると、地球の状態が肌感覚でわかる感じですね」。

DIYの気球で 成層圏にカメラを送って 撮影成功!

 2009年、「手作りの気球にカメラをつけて成層圏へ飛ばし、地球を撮影できるか?」という実験を、マサチューセッツ工科大学の2人の学生が行いました。この話をヒントに、2012年に開催された『あいちサイエンスフェスティバル』で、市民の科学リテラシーの向上に繋がる企画を行うことになった佐原先生も、同じように実験してみることに。
 「150ドル(1万5000円程度)くらいの予算で、気球型の装置を作り、成層圏にカメラを送って撮影に成功したという話が面白いな、と。僕はもともとメディアアートなど映像やデザイン学が専門なので、手作りの気球がどこまで届いて、どんな映像を撮影できるか、アート表現としても興味を持ちました」。
 おもちゃの風船にスマホをつけて飛ばすところから始め、パラシュートにつけて飛ばしたり、成層圏に到達するまでにiphoneは5、6台紛失するなど、実験はトラブル続き。「パラシュートにつけて飛ばしたものが畑に落ちて、農家のおじさんが拾って警察に届けてくれたり、コンビニの屋根に落ちて、屋根によじ登ったり...。初めて成層圏に到達して撮影をすることができたのは2013年。台風の成り立ちなどを研究している名古屋大学の地球水循環研究センターと一緒に行った実験で実現しました。
 グーグルアースでも成層圏からの映像は見ることができますが、この映像は自分たちの社会を俯瞰して見ることができたという手応えがあり、すごく面白かったですね」。

飛ばして、回収する 世界で唯一のスペース バルーンプロジェクト

 成層圏と聞くと、果てしなく遠いところというイメージですが、成層圏は1万m上空から5万mぐらいまで、つまり10kmほど離れた場所です。「だいたい徳島市から阿南市くらいの距離」と例える佐原先生。そう言われると、意外と近くてちょっと拍子抜けしますが、地上の温度が°30Cの時、上空はマイナス70°Cくらいまで下がり、台風より強いジェット気流が吹き荒れるという過酷な環境が広がっているのだとか。そのため飛ばした機材を無事に回収できるかも重要で、100°Cの温度差を耐えるために機材の温度管理を行い、地上に落ちた際も人に危害を加えることのないよう、安全性を重視して作り込みます。
 落下地点も、アメリカでは砂漠や山間部に落として回収するケースが多いようですが、日本の山間部は入ることさえままならない場所がほとんど。そのため海に着水させて回収する方法に行き着き、これにより損傷もなく回収できるようになったことで、実験の幅も広がりました。
 様々なものを成層圏まで飛ばし、海に落として回収するスペースバルーンプロジョクトの成功は、世界で唯一の研究として話題となり、いろいろなところから仕事の相談も寄せられるようになりました。
 「あるとき、テレビ局から『魚を飛ばして干物にできないか?』という依頼が来て、そのモジュールの開発と、うまく撮影できて、干物が作れるよう、そのプロダクトのデザインなども手掛けました」。

成層圏クッキングで 新たな地域産品づくりに 挑戦

 成層圏で作った干物は、旨み成分のイノシン酸が4倍にも増え、おいしくできたことから、食に関わる何かを成層圏に飛ばしてみようという試みが始まります。昨年7月、徳島大学が神山を舞台に地域の特色を活かし、地方創生に繋げるプロジェクト『神山学舎』の取り組みの一環として、地元のブルワリー『KAMIYAMABEER』と協力し、ビール酵母を成層圏に飛ばし、新商品を作る事業が動き出しました。
 成層圏は真空状態。宇宙線やガンマ線が降り注ぎ、マイナス70°Cという環境が菌に多様なストレスを与え、その結果、菌を変性させることがわかりました。この酵母を使用したビールはスパイシーな味わいに仕上がり、18本作ったサンプルも好評を得ました。1年以内の商品化を目指しているそうなので、私達も近いうちに成層圏ビールを飲むことができるかもしれません。

いつの間にか最先端!? 生命の起源に迫る 研究にも発展

 スペースバルーンプロジェクトは前例のない、まったく新しい取り組みです。すべてを一から考え、試行錯誤する課程は、研究というよりはモノづくりに近いクリエイティブなものだという佐原先生。NASAが1年に1回くらいしかやっていない成層圏への打ち上げを、佐原先生のチームは1年に10回くらいやっているので、「図らずも世界でも有数の打ち上げと回収のスペシャリストになった」と言います。面白がって始めたことが、他分野からも注目されるようになり、「一緒にやりましょう」という声に応えていた結果、雪だるま式にいろいろな分野の人と関わり、いつの間にか研究の最先端に関わるプロジェクトも生まれています。また近年、成層圏に微生物がいることもわかり、この発見は生命の起源についての研究に繋がるのではないかという期待も高まっています。
 NASAやJAXAにも引けをとらない研究が、こんなに身近で行われているって知っていましたか?


 

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.58 1.png
スペースバルーンの行程、上昇すると気温もあがる。

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.58.png
JAXAの成層圏擬似環境を使用した動作確認の様子

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.59 1.png
 ビール以外にパンも作ってみると、成層圏に飛ばした ものと、飛ばしていないものとでは、飛ばしたものの方 が香りよく、おいしいパンに仕上がったそう。なぜそう なったか、科学的な調査が行われているそうです。

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.57.png
YouTuber水溜りボンドのiPhoneを
打ち上げる企画

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.59.png
関西テレビCMも作成チームとして
関わっています。

佐原 理(さはら おさむ)のプロフィール

スクリーンショット 2021-04-05 14.16.54.png
大学院社会産業理工学研究部 社会総合科学域  准教授

閲覧履歴