健常膝関節の動きを再現した人工膝関節置換術の開発

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令和2年度 若手研究者学長表彰 研究成果報告

 

報告者

徳島大学 脊椎関節機能再建外科学 (整形外科)  特任講師  和田 佳三

研究タイトル

健常膝関節の動きを再現した人工膝関節置換術の開発

研究経緯等
 

【研究グループ】

 徳島大学整形外科関節外科グループ

【学術誌等への掲載状況】

  1. Wada K et al. Influence of Medial Collateral Ligament Release for Internal Rotation of Tibia in Posterior-Stabilized Total Knee Arthroplasty: A Cadaveric Study. J Arthroplasty. 2017. Jan;32(1):270-3.
  2. Hamada D et al. Native rotational knee kinematics are lost in bicruciate-retaining total knee arthroplasty when the tibial component is replaced. Knee Surgery, Sport Traumatol Arthrosc. 2018. 26(11):3249-56.
  3. Wada K et al. Native rotational knee kinematics is restored after lateral UKA but not after medial UKA. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2018. 26(11):3438-43.
  4. Wada K et al. The medial constrained insert restores native knee rotational kinematics after bicruciate-retaining total knee arthroplasty. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2019. 27(5):1621-7.
     
研究概要
 

【研究の着想】

膝関節の変形や「痛み」を来たす性膝関節症は、高齢化の中で患者数が年々増加傾向にあり、厚生労働省の推定では自覚症状を有する患者数で約1000万人、潜在的な患者数は約3000万人にのぼるとされています。変形性膝関節症に対する治療として人工膝関節置換術は「痛み」を取る効果が大きいとされる治療法ですが、その良好な成績が報告される一方で術後患者満足度は股関節に対する人工股関節置換術よりも劣ることがこれまでの研究で報告されています。私の所属する徳島大学整形外科関節外科グループでは人工膝関節置換術術後の膝関節は健常膝関節と異なる関節動態を示していることに着目し、この関節動態の変化が患者満足度低下の一因ではないかと考え研究を開始しました。

【先行研究と本研究成果】

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健常膝関節は伸ばした時と正座した時のつま先の方向が違うように、伸展位から屈曲していくにつれて脛骨が大腿骨に対して内旋する関節動態を示すことが知られています。しかし先行研究では人工膝関節術後にはこの動態が維持されていないことが報告され、人工膝関節術後に『屈曲にともなって脛骨が内旋』する症例では患者満足度が良いことが発表されてきました。
 私は人工膝関節に使用されるナビゲーションシステムの術中データを用いて動態解析を行い、その再現性や有用性を報告するとともに、徳島大学クリニカルアナトミー教育研究センターで未固定遺体膝に対して本手法を応用し、人工膝関節において『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態を再現するために必要な因子についての研究を行なってきました。これまでの主な研究成果として、以下の論文を発表しました。

 

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・通常、人工膝関節置換術において膝関節の内側軟部組織に対する操作が必要となる。この操作が関節動態に与える影響を評価した。
未固定遺体の膝関節に対して通常の人工膝関節置換術を行い、内側軟部組織を段階的に操作して緊張を低下させると、膝関節屈曲における脛骨内旋角度が段階的に低下する結果となった。つまり、『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態を再現するためには、内側軟部組織操作を最小限にして軟部組織の緊張を維持することが重要であることが明らかとなった。【論文(1)】
 

 

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・これまで本邦における人工膝関節置換術では、膝関節の重要な靭帯である前十字靭帯と後十字靭帯の両方を温存する事ができなかった。近年本邦でも両十字靭帯を温存できるインプラントの使用が可能となった事から、靭帯温存が関節動態に与える影響を評価した。
 未固定遺体の膝関節に対して両十字靭帯を温存したインプラント(BCR)と後十字靭帯のみを温存したインプラント(CR)を使用して人工膝関節置換術を行ったが、『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態はどちらのインプラントでも再現されなかった。さらに本研究において大腿骨側の置換のみでは動態への影響が少なかった事から、脛骨の関節面形状が健常膝から人工関節に変わる事が動態を変化させる因子である事が解明された。【論文(2)】

 

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・上記の研究において脛骨関節面形状が関節動態に影響を与える事が明らかとなった事から、内側外側どちらの関節面形状が関節動態により影響を与えているかという新たな疑問が生まれた。健常膝における脛骨関節面形状は内側が中央の陥凹した形状をしており、外側が中央の隆起した形状をしている。これを内側外側いずれか一方の関節面を置換する人工膝関節単顆置換術(UKA)を使用して検証した。
 同じ未固定遺体の膝関節に対して、右膝には内側関節面だけを、左膝には外側関節面だけをそれぞれ表面形状が平坦な人工関節にすると、内側関節面を人工関節にした場合には脛骨内旋角度が変化し、外側関節面を人工関節にした場合には変化がみられなかった。つまり、『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態の再現には中央の陥凹した内側脛骨関節面形状の維持が重要な因子である事が明らかとなった。【論文(3)】



・上記研究の結果から、人工膝関節において中央の陥凹した脛骨内側関節面形状を再現する事によって、健常膝関節動態が再現されるか検証を行った。


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 未固定遺体に対して先の研究で使用した両十字靭帯を温存するインプラント(BCR)を用いて人工膝関節置換術を行った。以前の研究同様、通常の人工関節では動態は再現されなかったが、内側関節面を中央が陥凹したものに変更すると『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態が再現された。この結果から、健常膝関節の関節面形状を模した人工膝関節を使用する事で、健常膝関節動態を再現できる可能性が示唆された。【論文(4)】

 

今後の展望(研究者からのコメント)
 

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これまでの研究結果に加え、徳島大学が国立大学で初めて導入した手術支援ロボットを用いて、引き続き人工膝関節術後に『屈曲にともなって脛骨が内旋』する動態を再現する研究を進めています。
健常膝関節の動きを再現して術後運動能力の低下を防ぎ、高齢者の健康寿命の延伸に貢献する『徳島発の新しい人工膝関節手術手技ならびにインプラント開発』を目標としています。
 

 

 

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