最先端研究探訪(とくtalk170号 平成30年1月号より)

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医療廃棄物である歯髄幹細胞を使った安全かつ低コストの再生医療の研究開発

 

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代表的な再生医療の紹介

私たちの身体は、例えば病気に対しては自己治癒力を持ち、けがなどに対しては再生力を持っています。しかしその力にも限界はあります。自分で自分の身体を治せなくなったときに、医療の力を借りることになります。

再生とは、身体の傷ついた場所にまわりの細胞が集まって、増殖して修復し、元の状態へと戻してくれる現象です。

山本先生の研究を紹介する前に、簡単に代表的な再生医療を比較してみましょう。

再生医療は、最初は皮膚や骨の細胞を培養して移植するという方法でした。

現在最も知られているのがiPS細胞でしょう。体中のどの細胞にも変化する全能型で、発表以来、いつ実用化されるのかと期待されていますが、安全面の問題などもあり、実用の可否も含めて結論を得るのはまだ先のようです。

実はiPS細胞と同じ全能性細胞を、私たちは元々持っています。精子と卵子が結合して生まれる受精卵から取り出すES細胞(胚性幹細胞)です。しかしES細胞の医療応用では、ヒト受精卵を材料として用いることの倫理的な問題、また安全性や拒絶反応などにも問題があるとされています。

これら全能性細胞に対して、一部の細胞に分化可能な幹細胞(多能性幹細胞)も研究されています。代表的なのは神経幹細胞と間葉系幹細胞です。神経幹細胞は神経の再生に優れていますが、堕胎した胎児から採取するために倫理性に問題ありとされています。

一番臨床応用に近いとされているのが間葉系幹細胞です。中胚葉系の体性幹細胞である間葉系幹細胞は、骨・血管、心筋などの再生に有用と考えられています。強い免疫抑制機能を持つため、急性で致死的な炎症疾患の治療にも応用されています。幹細胞を採取した組織によって細胞の特性が異なることが知られており、骨髄間葉系幹細胞、脂肪幹細胞、臍帯血幹細胞、歯髄幹細胞などと呼ばれています。

 

 

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幹細胞を使わない再生医療は可能か?

現在、様々な種類の幹細胞を使った再生医療の開発が進んでいます。幹細胞移植治療は様々な難治性疾患に高い治療効果を発揮することが期待されています。しかしながら、移植細胞の低生着率、腫瘍形成や免疫拒絶の危険性、幹細胞培養や移植にかかる高額な経費など、臨床応用には諸問題が山積しています。

そのような状況の中、近年、幹細胞移植による治療効果の多くが、幹細胞が分泌する液性因子によるものであることが徐々に明らかとなってきました。

そこで山本先生は幹細胞の治療効果因子のみの投与による新しい再生治療法の開発を目指しています。

 

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生体が持つ再生因子を使った再生医療

山本先生が着目したのが乳歯歯髄幹細胞(SHED)です。人の歯は、乳歯から永久歯に変わるとき20本が脱落します。これは医療廃棄物であるため入手が容易で、了解さえもらえば何の問題もありません。例えば統計では国内の新生児は100万人ですから、2000万本のSHEDが入手可能です。

さらに驚くべきことに、山本先生はSHEDを培養した時の上澄み液(CM:培養上清)が、強力な組織再生効果を発揮することを発見したのです。

動物モデルを使った研究で、SHED-CMを投与すると脳梗塞、脊髄損傷、パーキンソン病、アルツハイマー病、肝硬変、糖尿病、心筋梗塞、関節リウマチなど多くの難治性疾患に治療効果を発揮することが明らかとなりました。

SHED-CMは生体が本来持っている自然治癒力を最大限に活性化して組織の修復や再生を促します。重要なことに、細胞移植には細胞の準備だけでも数千万円必要ですが、SHED-CMの制作には100分の1程度ですみそうだということです。

製薬の開発には莫大な資金が必要だったり、実用化されても薬代が何百万円もかかって、国の財政を圧迫します。それには私たちの税金が使われています。

科学や医療技術の進歩は素晴らしいのですが、納税者の私たちが高額すぎて使えない医療ばかり作られても困ります。

山本先生がめざす幹細胞を使わない研究は、再生因子を使った再生医療で、安全で開発コストも低いものです。細胞移植を伴わないCell-free(無細胞)再生医療を実現し、様々な疾患に劇的な治療効果を提供するものとして、すでに製剤化・商品化も視野に入っており、一日も早い実用化に大きな期待が寄せられています。

 

 

山本 朗仁(やまもと あきひと)のプロフィール

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  • 大学院医歯薬学研究部
  • 歯学域 教授

 

[取材] 170号(平成30年1月号より)

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