国内における遺伝性卵巣がんの割合とその特徴を解明 -個人の発がんリスクに基づくゲノム予防・医療実現の基本情報を明らかに-

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報告者

大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 教授 井本逸勢

 

研究タイトル

国内における遺伝性卵巣がんの割合とその特徴を解明 -個人の発がんリスクに基づくゲノム予防・医療実現の基本情報を明らかに-

 

研究経緯等

【研究グループ】

  • 徳島大学大学院医歯薬学研究部人類遺伝学分野 教授 井本逸勢
  • 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 専任講師 平沢晃
  • 防衛医科大学校医学教育部医学科病態病理学 教授 津田均

【研究経緯の概要】

徳島大学大学院医歯薬学研究部人類遺伝学分野井本逸勢教授、慶應義塾大学医学部部産婦人科学教室(青木大輔教授)の平沢晃専任講師、および防衛医科大学校病態病理学津田均教授の研究グループは、日本人の卵巣がん患者における遺伝性のがんの頻度と、その特徴を明らかにしました。卵巣がんの患者数は世界的に増加傾向にありますが、早期発見が困難なことから発症リスクが高い人を特定して予防策を立てることができれば死亡数の低下が見込まれます。

本研究では、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室のバイオバンクに血液を保存し、研究に使用することに同意いただいた計230名の卵巣がん、卵管がんおよび腹膜がんの患者を対象に、日本で初めて系統的に遺伝性卵巣がん関連遺伝子の生殖細胞系列変異(注1)を調べ、41名(17.8%)の患者に11遺伝子の変異を見出しました。この中には、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因遺伝子であるBRCA1(19例、8.3%)、BRCA2(8例、3.5%)や大腸がんなどを発症しやすいリンチ症候群の原因遺伝子群(6例、2.6%)の変異が含まれます。さらに、これらの変異を持つ人は、若年で卵巣がんと診断されたり、血縁者に卵巣がん患者がいたりすることや、高異型度漿液性癌と呼ばれる型の卵巣がんを持つことが多いという特徴がありました。このような特徴をもつ人は、遺伝カウンセリングでのリスクの評価や遺伝子検査を行うことで、自身や血縁者の診療の際に遺伝的なリスクを考慮し、予防策をたてることで健康を維持できる可能性があります。そのため、今回の研究成果は、個人の発症リスクを前提とした卵巣がん予防や治療への道を開き、発症による死亡率の減少が期待されます。

 

【学術誌等への掲載状況】

Prevalence of pathogenic germline variants detected by multigene sequencing in unselected Japanese patients with ovarian cancer. Hirasawa A, Imoto I, Naruto T, Akahane T, Yamagami W, Nomura H, Masuda K, Susumu N, Tsuda H, Aoki D. Oncotarget

 

研究概要

【研究の背景と概要】

卵巣がんは早期発見が困難で、5年生存率は40%以下と予後不良ながんであり、これは40年間に渡って改善していません。日本でもその年齢調整死亡率(年齢構成を調整した死亡率)は上昇傾向にあります。このため、卵巣がんの発症リスクが高い人を抽出して適切ながん予防策を講じ、死亡率減少を図ることが求められています。

今回、研究グループでは、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室バイオバンク(Keio Women's Health Biobank)(注2)に保管されている、卵巣がん(卵管がんおよび腹膜がんを含む)230例の患者から研究のために提供いただいた血液DNAを用いて、79個(一部は75個)の遺伝性卵巣がん関連遺伝子の生殖細胞系列に存在する(産まれながらに持っている)病気と関連した変化(変異または病原性多様体と呼ばれます)の有無を調べました。その結果、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の原因遺伝子であるBRCA1とBRCA2(BRCA1 / 2)の変異はそれぞれ19例(8.3%)と8例(3.5%)であり、リンチ症候群の原因遺伝子であるミスマッチ修復遺伝子群の変異を6例(2.6%)検出したのをはじめ、合計11遺伝子の変異を41例(17.8%)で認めました。

BRCA1 / 2の変異保持者、あるいはすべての遺伝性卵巣がん関連遺伝子の変異保持者は、それぞれの変異を保持していない人と比べ、より若年で診断され、第1度または第2度近親者(注3)に卵巣がん患者がおり、がんの組織型としては高異型度漿液性癌(high-grade serous ovarian cancer : HGSOC)が多いことが判明しました。第1度または第2度近親者に卵巣がんの方がいる場合やHGSOCタイプの卵巣がんを発症した場合には、これら以外の場合に比べて卵巣がんの発症は、遺伝性である可能性が高くなることも示されました。

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【研究の成果と意義・今後の展開】

本研究成果によって、①日本人の遺伝性卵巣がんに関与する遺伝子の種類や頻度に加え、遺伝性卵巣がんの患者の臨床的特徴が明らかになりました。これらの特徴がある場合には、遺伝的要因を持つ可能性が高いと考え、遺伝カウンセリングを受けることで、自身や血縁者のリスクを把握し、遺伝子検査を検討するメリットは高いと考えられます。遺伝子検査の結果によっては、自身の抗がん薬の選択や未発症の血縁者の予防や早期診断に有用な情報が得られる可能性もあります。また、②今回の遺伝子変異の解釈は、米国臨床遺伝・ゲノム学会(American College of Medical Genetics and Genomics; ACMG)のガイドライン(注4)に準拠し、さらにBRCA1/2変異の解釈は、世界で最も豊富なデータが蓄積されてきたMyriad社のデータベース(注5)を参照しています。臨床情報は最新情報を入手して用い、がんの型の病理診断は複数の病理医に加えて婦人科腫瘍専門の病理医による中央判定を行っています。その結果、症例数は230例に留まるものの、国際的な評価に耐える日本の標準データとなり得る質を持っています。その他、③遺伝子変異の情報は、国際的に共有することで、正しく解釈され病気の克服につながります。研究グループはENIGMA(注6)など、遺伝性乳がん卵巣がんの情報共有(データシェアリング)に関する国際コンソーシアムに日本から参加しています。このたびの慶應義塾大学医学部産婦人科学教室のバイオバンク事業への研究に協力をいただいた結果、国際的に不足している日本人のデータを国際コンソーシアムに提供していくことが可能となりました。今後、これらのデータを解析することで、人類で共通した変化や日本人に特徴的な点などが明らかになり、日本人を含む人類全体の健康増進に貢献できることが期待されます。

 

今後の展望

今後研究グループでは、症例を増やして再現性や臨床的な有用性を確認するとともに、臨床の場への卵巣がんゲノム医療実装を目指した試みを進めていきます。

その他参考となる事項

本研究は、慶應義塾学事振興基金、独立行政法人日本学術振興会「二国間交流事業(スウェーデンSTINTとの共同研究)」、JSPS科研費JP16K15618、JP17K19611、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「研究倫理に関する情報共有と国民理解の推進事業」、アストラゼネカ(株) Externally Sponsored Research プログラムの支援により行われました。

 

【用語解説】

  • (注1)生殖細胞系列変異:精子や卵細胞内の遺伝子に起こった変異であり、受精した卵(胚)から成長した子の体を構成する全ての細胞に受け継がれ得る。
  • (注2)慶應義塾大学医学部産婦人科学教室バイオバンク(Keio Women's Health Biobank):慶應義塾大学医学部産婦人科学教室では本学倫理委員会の承認を得て、同意を得られた方からのさまざまな生体試料を保管し研究に用いると共に、国内外の共同研究先に分譲している。
  • (注3)第1度または第2度近親者:第1度近親者は、ある個人にとって親子、きょうだいを指し、遺伝情報を50%共有する。第2度近親者は、おじ、おば、おい、めい、祖父母、孫を指し、遺伝情報を25%共有する。
  • (注4)ACMGガイドライン:Richards Sほか. Standards and guidelines for the interpretation of sequence variants: a joint consensus recommendation of the American College of Medical Genetics and Genomics and the Association for Molecular Pathology. Genet Med. 2015; 17(5): 405-24.
  • (注5)Myriad社のデータベース:(株)ファルコバイオシステムズ社に委託して解析を行った。
  • (注6)ENIGMA(Evidence-based Network for the Interpretation of Germline Mutant Alleles):BRCA1 / 2およびその他の乳がん卵巣がん関連遺伝子で検出される多様体(遺伝子の変化全般)の病的意義を解釈する国際的な研究者の集まり(国際コンソーシアム)であり、その判定結果は国際的な遺伝子変異のデータベースにおいて科学的根拠の高いものとして扱われる。

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