正常組織の放射線耐性を高める放射線防護剤の開発

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報告者

大学院医歯薬学研究部 医用理工学分野 教授 森田明典

 

研究タイトル

正常組織の放射線耐性を高める放射線防護剤の開発

 

研究経緯等

【研究グループ】

  • 徳島大学大学院医歯薬学研究部:森田明典
  • 広島大学大学院医歯薬保健学研究院:永田靖、高橋一平
  • 広島大学原爆放射線医科学研究所:稲葉俊哉、神谷研二、笹谷めぐみ、谷本圭司、山口哲司(現 吉田総合病院)
  • 東京理科大学薬学部:青木伸、有安真也(現 名古屋大学大学院理学研究科)、澤晶子、西友里恵、寺岡達朗
  • 量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所:根井充、王冰、田中薫
  • 東北大学大学院医学系研究科:細井義夫
  • 東京大学大学院医学系研究科:榎本敦
  • 徳島大学大学院保健科学教育部:氏田将平
  • 徳島大学医学部保健学科:川手耀介、柳川千裕

 

【学術誌等への掲載状況】

A chemical modulator of p53 transactivation that acts as a radioprotective agonist. Morita A, Takahashi I, Sasatani M, Aoki S, Wang B, Ariyasu S, Tanaka K, Yamaguchi T, Sawa A, Nishi Y, Teraoka T, Ujita S, Kawate Y, Yanagawa C, Tanimoto K, Enomoto A, Nenoi M, Kamiya K, Nagata Y, Hosoi Y, Inaba T. Mol Cancer Ther 2017; Sep. 22

 

研究概要

【研究の背景】

現在、継続的ながん医療を受けている日本の患者数は、約150万人に上り、その内の約3割が放射線治療、約8割が化学療法の適応となります。これらの治療における副作用は軽微なものも含めると発生率は高く、臨床的に深刻な正常組織障害が発生しない投与線量や投与量として処方するため、根治に至らない状況が時には生じます。そのため、これらのがん治療における副作用を軽減させる正常組織防護剤の開発が望まれています。

正常組織とがん組織を区別する最も大きな特徴として、半数近くのがん細胞では、がん抑制因子であるp53に変異、あるいはウイルス由来因子による発現抑制や不活性化が見られ、p53機能が抑制されていることが挙げられます。p53制御剤は、正常なp53機能を示す正常組織の放射線細胞死を選択的に防護し、p53機能を喪失しているがん細胞は防護しないため、放射線被ばく事故での救命への応用だけでなく、放射線治療の投与線量の限界(耐容線量)を克服する副作用軽減剤としての応用が期待されています。

我々は、p53分子内の亜鉛結合部位を標的とする8-キノリノール誘導体の合成、探索を進め、p53活性を制御するいくつかの放射線防護剤を発見しました。本研究では、p53が有する標的遺伝子転写活性化能を調節する5-クロロ-8-キノリノール(5CHQ)に注目し、その放射線防護活性の詳細を明らかにしました。

 

【研究の成果】

5CHQは、細胞周期を停止させることで放射線障害を受けた細胞の修復を促すp53標的遺伝子Cdkn1a(遺伝子産物p21)の転写を亢進させ、アポトーシスを促進するp53標的遺伝子Bbc3(遺伝子産物PUMA)の転写を抑制するp53転写の調節剤として機能することが判明しました(図1)。この特異な活性を有する5CHQは、腹部照射によるマウス腸死に著効を示す防護剤であることが明らかとなりました(図2、図3)。本化合物の防護活性を示す線量減少率DRF(注1)は、骨髄死相当線量の全身照射試験で1.2、腸死相当線量の腹部照射試験で1.3と、新規の放射線防護剤として良好な値を示しました。また5CHQのp53特異性に関しては、p53の遺伝子発現を抑制したノックダウン細胞や、ノックアウトマウスを用い、「p53が正常に機能している細胞」だけを防護することも実証しました。

 

(注1)線量減少率

DRF (dose reduction factor) と略し、放射線防護剤の防護活性の指標として用いる。防護剤を放射線と併用してある生物効果を得るのに必要な線量を、同じ効果を得るのに必要な放射線単独の線量で割ったもので、値が1より大きいときに防護効果があることを意味する。

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今後の展望

放射線防護剤シード化合物としての5CHQの特徴は、p53を「阻害」せず、掲載誌の論文では、"Radioprotective agonist(放射線防護性作動薬)"と名付けたp53転写を制御する活性にあります。p53の放射線抵抗性機能を引き出す5CHQの活性は、他に類を見ない化合物活性であり、放射線療法や化学療法を支援する新たな防護剤の創出が期待されます。今後はその作用機構の全容解明にさらに取り組むと共に、腫瘍モデル実験系で治療効果を向上させる働きがあるかどうか検証を進めて行きます。

 

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