世界で初めてリンゴの高効率ゲノム編集に成功

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報告者

生物資源産業学部・准教授・刑部祐里子

 

研究タイトル

「世界で初めてリンゴの高効率ゲノム編集に成功」

 

研究グループ
  • 徳島大学生物資源産業学部 刑部祐里
  • 農研機構果樹茶業研究部門 西谷千佳子
  • 岩手大学農学部 小森貞男

 

学術誌等への掲載状況
  • Chikako Nishitani, Hirai, N., Komori, S., Wada, M., Okada, K., Osakabe, K., Yamamoto, T., Osakabe, Y.
  • "Efficient genome editing in apple using a CRISPR/Cas9 system." Scientific Reports doi:10.1038/srep31481.

 

研究概要

研究の背景

近年、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)を用いたゲノム編集により、様々な生物でゲノムに変異導入する技術が発展してきました。CRISPR/Cas9は、Cas9ヌクレアーゼとそれをゲノムの標的にガイドするgRNA(ガイドRNA)によって、ゲノムDNAの狙った部位を切断し、その部位でのDNA修復によって変異をおこす技術です。これまでさまざまな植物種において、遺伝子機能の解明や育種への応用を目的としてゲノム編集が可能であることが示されてきましたが、ゲノム編集された植物個体が獲得できた研究は未だ多くなく、また、世界的にも重要なリンゴなどの果樹での成功例は報告されていませんでした。この度、徳島大学生物資源産業学部 刑部祐里子准教授、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)果樹茶業研究部門 西谷千佳子主任研究員、岩手大学農学部 小森貞男教授らのグループは、世界で初めてリンゴのゲノム編集技術の確立に成功し、リンゴ遺伝子に対して高い効率で変異導入することを可能にしました。

 

研究の内容と成果

私たちは、リンゴ品種「JM2」において、植物のカロテノイド(*1)生合成酵素であるPDS(フィトエン不飽和化酵素;phytoene desaturase)遺伝子をターゲットとし、CRISPR/Cas9によるゲノム編集を試みました。PDS遺伝子に変異が導入されると、カロテノイド生合成が抑制され過剰な光によりクロロフィルが光酸化されるため植物細胞は白化します。これによりゲノム編集による変異を視覚的に解析できます(モデルターゲット)。私たちはまず、リンゴのゲノム編集系を確立するために、リンゴPDS遺伝子をクローニングし、そのDNA配列を詳細に解析しました。その結果、2種類のPDS遺伝子型が存在しており、異なる対立遺伝子(アリル)(*2)であると考えられました。(図1)。

次に、リンゴPDS遺伝子についてゲノム編集を試みるために、どちらのアリルも同一の塩基配列の箇所で、in silico解析でオフターゲット効果(*3)が低いと予測される配列をCRISPR/Cas9の標的として3種類選び、高効率リンゴCRISPR/Cas9ベクターを開発しました。これらのベクターをアグロバクテリウム法によってそれぞれリンゴに導入し、組織培養によってCRISPR/Cas9形質転換個体を再生させた結果、3種のgRNAすべてにおいて変異が誘導されました。特に効率のよいgRNAでは、全細胞で変異が導入され完全な白化個体となり(図2)、このような全身白化変異体はすべての形質転換体のうち、14%という高い効率に達しました。全身白化した変異個体のゲノム配列を調べた結果、体細胞に含まれるすべてのDNAが変異型PDS遺伝子配列を示すことが明らかとなり、その変異率は100%でした(図1)。以上のことは、リンゴにおいて高効率のゲノム編集系が確立できたことを示しています。

さらに、アリルごとにDNAシーケンスを調べると、興味深いことに、一方のアリルの主要な変異配列と、もう一方のアリルの副次的な変異配列が同一である場合が多く見られることを発見しました(図1)。これは、CRISPR/Cas9により誘導されたDNA切断の修復に、もう一方のアリルを鋳型としてコピーする機構の存在が考えられ、リンゴにおいてDNA修復がNHEJ(非相同末端結合)経路のほかにHR(相同組換え)経路(*4)も同時に機能している可能性を示唆しています。さらに、本研究では、一般的にgRNAに用いる20bpより短いgRNA(tru-gRNA)を用いても、リンゴで変異体が得られることが分かりました。これまでtru-RNAを用いてオフターゲットを抑制できるという知見があることから、リンゴでも同様にオフターゲットを抑えられる可能性があります。

 

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用語解説

(*1) カロテノイド;植物に主に黄色を示す色素。光合成の補助色素であり、酸化的障害から組織や細胞を保護する機能を持つ。

(*2) 対立遺伝子(アリル);ヒトなどの2倍体生物は、両親の配偶子からそれぞれ1 セットのゲノムを受け取って、合わせて2セットのゲノムから成る。このとき、各遺伝子について2つのコピーが存在している。この1つの遺伝子座を占める2つの対になる遺伝子を対立遺伝子と呼ぶ。

(*3) オフターゲット効果;gRNAが本来の標的とは異なる無関係な標的に結合し、ゲノム編集が行われる効果。

(*4) NHEJ(非相同末端結合;non- homologous-end-joining)およびHR (相同組換え;homologous recombination);どちらもDNA二重鎖切断のDNA修復メカニズムである。HRは同じ遺伝情報を持つ鋳型をコピーすることでDNA二重鎖切断を正確に修復する経路。 NHEJは切断されたDNA末端において、損傷部位の除去とヌクレオチド挿入が行われてそのまま結合する反応であるため変異が生じやすい。

 

今後の展望

本研究において確立した方法により、世界で初めてリンゴにおいて実用的な高い効率でゲノム編集が可能であることと、その修復機構が明らかにされました。本研究において確立できたゲノム編集技術により、リンゴにおいて様々な遺伝子機能の解析に役立つと期待できます。

 

参考

本研究は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の支援により行われました。

 

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