最先端研究探訪(とくtalk164号 平成28年7月号より)

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医療と福祉の連携のために~シームレスな多職種連携・口腔ケア推進を目指して~

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ICTシステムを活用した高齢者福祉施設における口腔ケア推進事業

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システムを導入した特別養護老人ホーム(沖縄県西表島)での口腔ケアに関するアセスメント・視察

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ACSSOC介護職版の導入説明

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徳島大学と特養(西表島)の間で行ったテレビ会議

高齢化対策は、人類的課題になってきていると言っても過言ではありません。特に日本は世界でもトップクラスの超高齢社会を迎えています。高齢化は、すなわち"平均寿命の延伸"であり、これは医療の進歩がもたらした成果の一つと言えるでしょう。しかしながら、国民医療費の増大という早急に解決すべき課題を生み、そうした背景により、"予防医学の重要性"が見直されています。食生活をはじめとする生活習慣を改善することで生活習慣病を予防するといったことも予防医学の一つ(一次予防)として重要ですが、疾病の早期発見・早期治療などによって重症化を防ぐ対策(二次予防)、あるいは治療の過程で行う保健指導やリハビリテーションなど再発防止や社会復帰を目標とした対策(三次予防)もまた、予防医学として大切なことです。それゆえ、予防医学の実践は"健康寿命の延伸"をもたらし、長期的展望に立てば、国民医療費の適正化にも繋がると考えられます。

歯科においても、学童期の食育や高齢期に起こる摂食嚥下障害に対するリハビリテーションなどは、生活習慣病や誤嚥性(ごえんせい)肺炎の予防に貢献し、単に口だけの問題ではなく全身の健康に大きく寄与する対策と考えられています。「口腔ケア」もまた誤嚥性肺炎や認知症の予防に有効であることが研究で示され、介護保険制度における「口腔機能向上サービス」の導入を経て、介護者あるいは歯科専門職(歯科衛生士)による要介護高齢者への口腔ケアが普及しつつあります。施設で働く介護職員も口腔ケアの重要性を認識し始めており、いわば「介護・福祉」分野と「歯科・口腔保健」分野の連携が深まりつつあります。例えば、高齢者福祉施設において歯科衛生士が専門的な口腔ケアを行い、歯科衛生士からアドバイスを受けた介護職員が、毎日の介護業務の一つとして入所者に口腔ケアを行うといった、継ぎ目のない、すなわちシームレスな口腔ケアが行われてこそ入所者の一番の楽しみである「食事」を高いレベルで維持することが可能となります。

しかし現実には、日々の介護業務の忙しさから介護職員と歯科専門職との連携が不十分になったり、入所者への口腔ケアが後回しになりがちになってしまうことがあるようです。こうした状況の背景には、介護職員の離職率の高さなどマンパワー不足もその原因の一つですが、介護業務の多さに加え、介護記録により業務の根拠を明確にする責任が強いられる点などがあげられます。交代制をとる介護業務では担当者同士の申し送りで介護記録に記した情報を共有しますが、口腔ケアという観点からの詳細な申し送り、ましてや歯科医療従事者と情報を共有するためのツールは、現在のところほとんど見当りません。

さて、近年の目覚ましい情報通信技術(Information and Communication Technology・ICT)の進歩によって医療に限らずあらゆる業界でICT化が急速に進んでいます。介護・福祉の分野でも介護記録のICT化がようやく普及し始めたところです。口腔ケアという観点からも歯科衛生士や介護担当者間で口腔ケアに関する情報をICT技術で管理できれば、介護業務としての口腔ケアが一層定着し、多職種連携も一層進展すると考えられます。

 

 

キーワードは「情報共有」

尾崎先生たちは、このような背景に着目し、ICTを駆使した"介護・福祉の現場への口腔保健業務を含む歯科的支援のためのシステム(口腔保健業務支援システム、略して"ACSSOC")を開発し、高齢者福祉施設に導入しました。

ICTシステムの開発は尾崎先生が担当しました。

「口腔ケア業務も介護業務も、施設によって運用や介護記録の様式は少しずつ異なります。施設間で統一されている部分もありますが、今はICTシステムを普及させることが大事なので、各施設で運用している業務や介護記録の様式にある程度沿うようシステムをカスタマイズしています。業務のICT化が全くなされていない施設では、こういったシステムに最初から拒否反応を示すこともあります。そのような施設には、まずそれまでの運用をなるべく変えないようなシステムを導入し、それに慣れてもらうことが大切です。システムの普及によって、施設での口腔ケア連携が推進されていくことを期待していますし、ゆくゆくは施設ごとのデータをまとめてビッグデータとして蓄積することで、単に業務効率化のツールとしてだけではなく、疫学研究など新たな利活用方法を目指していきたいと考えています。」

構築したICTシステムをより多くの高齢者施設などに導入を図り、一般化していくのが白山先生の役割です。

「一般的にコンピュータ化が進むと、福祉現場でのコミュニケーション量が減るようなイメージですが、実際にこのシステムを導入した場合、結果は逆でした。このシステムを用いて個々のデータを共有し、協働して管理することで、例えば介護職と歯科衛生士の会話が統計学的にも増えることが分かりました。したがって、このシステムはデータの共有だけでなく、職種間の意思疎通を円滑に図る上で必ず役立つものと思います。」

肝心な現場の声をICTや施設の運用それぞれのシステムにフィードバックするのは柳沢先生の役目です。

「ICTシステムを通して介護職と歯科衛生士の意思疎通がスムーズになると、入所者の些細な状況の変化も見落とさないようになります。しかし現場では予測できない様々なこと、さらに利用者の嗜好や家族の要望などにも応えることが求められますから、常にICTや運用双方のシステムに改良を加えていかなければなりません。現場の声こそ大切です。」

 

 

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終わりなき挑戦

先生方は、徳島大学歯学部が2011年から5カ年計画で取り組んだ「ICTプロジェクト」の中で、高齢者福祉施設へのICTシステムの導入という切り口で口腔ケア推進事業に取り組んできました。

現在先生方を中心に、口腔ケアに限らず食事など栄養管理もできるような包括的ICTシステムの構築とその普及に向けた活動を鋭意行っています。

今後の目標について白山先生は、「医療機関や高齢者福祉施設での利用を想定した認知症の重症度判別のためのアプリケーションを現在開発中で、将来的にはこのシステムに組み込む予定です。また近年、施設で積極的に行われつつある経口維持・経口移行への取り組みをサポートするための新規Webシステム(食形態選択のためのアルゴリズム)も近い将来のうちに実現したいと思います。今後は、さらに様々な分野の専門家とタッグを組み、必要な情報をより包括的に蓄積・管理できるようなシステムへと進化させていきたいと考えています。」と展望しています。

現在、開発した口腔保健業務支援システムを新たな施設に導入しつつ、一方でシステムを既に導入した施設に対しては、テレビ会議などでよりきめ細やかな歯科的支援を行っています。

今後もシステムの更なる拡充と多くの高齢者福祉施設への導入を目指し、介護・福祉分野における口腔ケアの思想普及や啓発活動は勿論のこと、高齢者福祉施設だけでなく在宅の要介護高齢者へのサポートも視野に入れながら、人々の「食」のQOL(QualityofLife)の向上をICTあるいは運用という両面からサポートできるような体制を整備していく予定です。今後も口腔保健支援のためのシステム構築へ、飽くなきチャレンジは続きます。

 

 

尾崎 和美(おざき かずみ)の
プロフィール

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  • 大学院医歯薬学研究部
  • 口腔保健支援学分野 教授
白山 靖彦(しらやま やすひこ)の
プロフィール

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  • 大学院医歯薬学研究部
  • 地域医療福祉学分野 教授
柳沢 志津子(やなぎさわ しずこ)の
プロフィール

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  • 大学院医歯薬学研究部
  • 口腔保健福祉学分野 講師

 

[取材] 164号(平成28年7月号より)

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