Notchシグナルは小腸粘膜固有層のマクロファージの運命決定を制御する

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平成27年度 若手研究者学長表彰 研究成果報告

 

報告者

大学院医歯薬学研究部 生体防御医学分野 助教 石舟智恵子

 

研究タイトル

Notchシグナルは小腸粘膜固有層のマクロファージの運命決定を制御する

 

研究グループ

  • 大学院医歯薬学研究部 生体防御医学分野 教授 安友康二
  • 学術誌等への掲載状況
    Differentiation of CD11c+ CX3CR1+ cells in the small intestine requires Notch signaling. Ishifune C, Maruyama S, Sasaki Y, Yagita H, Hozumi K, Tomita T, Kishihara K, Yasutomo K. Proc Natl Acad Sci U S A. 111, 5986-5991 (2014)

 

研究概要

研究の背景

免疫系は、一般的に体内に侵入した異物(非自己抗原)に対してはそれを排除する応答が働きます。しかしながら、腸管では非自己である食餌性抗原や常在微生物が存在するにも関わらず、免疫系はそれらを攻撃する過剰な応答を惹起しません。特に常在微生物とは共生関係を成立させ、腸管の正常な生理機能が維持されています。近年、免疫系が異物である常在微生物に寛容を示す仕組みが徐々に明らかになってきました。そのひとつの機構が腸管の粘膜固有層に存在しているマクロファージ(LPMF)によるものです(図1)。

LPMFは上皮細胞間に樹状突起を進展させ、管腔側の抗原を補足する機能がありますが1、定常状態ではLPMFと管腔側常在細菌との相互作用により、腸間膜リンパ節へのLPMF自身と、細菌の移動が抑制されています2。腸間膜リンパ節は獲得免疫系の中心を担うTリンパ球の活性化の場であるため、Tリンパ球を活性化する機能をもつLPMFと、抗原である細菌の移動を制限することは常在細菌に対する免疫応答を発動させないうえで重要な仕組みです。 この常在細菌による寛容機構は、抗生物質の投与により常在細菌叢のパターンが変化すると破綻するという現象が観察されています。常在細菌への免疫応答は炎症性腸疾患等の病態と関連することから、常在細菌に対する免疫寛容成立の鍵となるLPMFは、病態の制御にも重要な細胞であると考えられます。LPMFの機能や分化を制御する因子が明らかになれば、病気を制御する方法の開発にもつながると考えられます。そこで私たちはLPMFの分化がどのような分子によって制御されているかを解明する目的で研究を行いました。

 

結果の概要

私たちは免疫担当細胞をはじめとした様々な細胞の運命決定に重要なNotchシグナルに着目し、Notchシグナル伝達に必須の転写因子Rbpj遺伝子をマクロファージ・樹状細胞で特異的に欠損するマウス(以下Rbpj KOマウス)を解析しました。対照マウスの小腸粘膜固有層に存在するマクロファージ(LPMF)はインテグリンであるCD11cを発現しますが、Rbpj KOマウスに存在するLPMFのほとんどがCD11cの発現が低下した細胞(CD11clow LPMF)であることを見出しました(図2)。CD11clow LPMFは、対照マウス由来のCD11c+ LPMFと比較して、細胞質が大きく、CD86の発現が高い特徴がありました(図3, 4)。CD86分子はTリンパ球の活性化に重要な共刺激分子であり、その発現が高いことは細胞がより活性化状態であることを示しています。また、CD11clow LPMFは、対照マウス由来のCD11c+ LPMFと比較して、抗原の取り込み能が高い細胞でした(図3)。これまでの報告では、LPMFは抑制性サイトカインのIL-10を高産生し、Tリンパ球の活性化能は低いといった特徴のある抑制性の細胞と考えられています。Rbpj KOマウスで出現するCD11clow LPMFはCD11c+ LPMF よりIL-10産生能が低い傾向が認められました。つまり、形態・表現型から、Notchシグナルの欠損によって出現するCD11clow LPMFは抑制性機能が弱い細胞であると考えられます。

もう一つの重要な点はCD11clow LPMFがCD11c+ LPMFとは別の成熟細胞であるということです。対照マウスで僅かに存在するCD11clow LPMFは、CD11c+ LPMFへ最終分化する以前の前駆細胞様集団ではなく、CD11c+ LPMFが活性化した細胞でもないということを支持する結果を得ました。このことはNotchシグナルがCD11c+ LPMFへの最終分化や、活性化を制御しているのではなく、前駆細胞からCD11clow LPMFまたはCD11c+ LPMFのどちらに分化するかという細胞の運命を調節することを強く示唆します(図5)。

以上のことから、Notchシグナルは前駆細胞から抑制的な機能を有するCD11c+ LPMFに分化する際の運命決定を制御することが明らかになりました。本研究はNotchシグナルがLPMFの分化制御を介して腸管の恒常性を維持している可能性を示唆しています。

 

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今後の展望

腸管をはじめとした粘膜免疫系には、全身免疫系には存在しない特殊な機能をもつ細胞と、感染や炎症から免れる特徴的な仕組みが備わっています。微生物は粘膜面を介して生体に侵入して感染を成立させることが多いことから、粘膜免疫系がどのような機構を使って生体の初期防御を制御しているかを明らかにすることは重要な研究課題です。今後の研究により、Notchシグナルが粘膜免疫系を司る細胞の機能・分化をどのように制御しているかを解明し、それを通して粘膜免疫系を調節する機構への理解を深めたいと考えています。

 

参考

http://immunology.hosp.med.tokushima-u.ac.jp/immunology/system/top/index.php(研究室ホームページ)

引用文献:

1; Niess JH et al. Science. 307, 254-258 (2005)

2; Diehl GE et al. Nature 494, 116-120 (2013)

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