令和6年度徳島大学入学式式辞

令和6年4月5日(金)
会場 アスティとくしま
徳島大学長
河村 保彦

 本日、徳島大学に入学された1,371名の学部新入生、476名の大学院修士・博士前期並びに87名の博士・博士後期課程入学生の皆さん、入学、誠におめでとうございます。この4年間は、世界で猛威を振るう新型コロナウイルス禍で日々の高校生活はもちろんのこと、大学受験にあっては格別に苦労されたことと思います。また、大学院に入学された皆さんは、本来の大学生活から一変し、学修や研究活動で多くの支障がある中、良く頑張られたと心から称えます。本日、こうして皆さんと共に入学式が挙行できますことを、ひとしお感慨深く思います。ご来賓並びに本学教職員とともに、皆さんの入学を心から歓迎しお祝い申し上げます。また、皆さんを支えてこられましたご家族や関係者の皆さまに敬意を表しますとともに、お慶び申し上げます。

 本日入学式を迎えるにあたり、まず、最近感銘を受けた話題をお話ししようと思います。それは、「生きる」ということに関したものです。この根源的な命題を、科学の視点と文学・文芸の視点の二つの視点で取り上げます。

 まず、科学の視点です。皆さんもご存知の通り、来年4月13日から半年間、大阪市此花区夢洲(ゆめしま)で大阪・関西万博2025が開催されます。テーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」です。その中に、最も創造的なプロジェクトとして、シグネチャープロジェクト「いのちの輝きプロジェクト」が8名のプロデューサーによるパビリオンとして設営されます。そのうち、私は「いのちを知る」というテーマで、「いのち動的平衡館」をリードされる、生物学者の福岡伸一先生の取り組みに心惹かれます。

 福岡先生は、「生命とは何か」という永遠の命題に対して、宇宙の大原則である「エントロピー増大の法則」と、それに抗い38億年にわたって営々と紡いできた生命の不思議に思いを馳せます。ここで、「エントロピー」とは、大学の科学で学ぶ基本的な概念の一つです。「乱雑さ」を意味します。そして、「エントロピー増大の法則」は、全ての物事は時間の経過とともに乱雑になる方向にしか進まないことを意味します。例えば、堅牢な建造物も時間が経てば朽ち果てていきます。暖かいスープや熱いコーヒーも、数分後には冷めてしまいます。あらゆるものはエントロピー増大の法則に押し倒されて、時の経過とともに崩れ果てていきます。では、なぜ生命は連綿と続いているのか。それを福岡先生は、エントロピーが増えるより先に、生命が自らを壊して作り直すという過程を繰り返して秩序を保っていると説明されます。私たち自身の体も日々分子レベルで高速分解され、食物として摂取した栄養分と置き換わっています。すなわち数ヶ月経ちますと見かけ上変わってはいませんが、分子レベルでは私たちの体は刷新されていることになります。このことは「動的平衡」と呼ばれますが、さらに広く食物連鎖の中においても、一つの生命が他の生命も生かすという「利他性」があり、もともと単一の細胞だった生命が互いに協力しあい、分化・進化し「エントロピー増大の法則」に抗いながら、連綿と生命を繋いできたというのです。

 次に、「生きる」ことに関した文学・文芸の視点を3点お話しします。第一に、昭和から平成の時代に活躍された詩人の茨木(いばらぎ)のり子さんの詩「さくら」を紹介します。この詩は、「ことしも生きてさくらを見ています」から始まります。そして、詩の末尾に、「死こそ常態、生はいとしき蜃気楼」と謳います。あらゆる生命の個としての生と死、生きている今が特殊な状況だと。この詩人の言葉は、余りにもインパクトのある凄い表現と驚嘆しました。

 第二に、石垣りんさんという茨木さんより六歳年長の詩人の言葉を紹介しましょう。この方は、「一日背負っている、生きているいのちの重みはもしかしたら、地球の重みかもしれませんね」と語りました。あらゆる生命は、基本的には四種類の塩基-アデニン、チミン、グアニン、シトシン-からなるDNAからなっている。それは、人の生命は、ひいては地球上の全ての生命につながっているという斬新かつ深遠な発想です。

 そして第三に、「ほたる」と題された詩に関する批評家、若松英輔氏による紹介に触れます。「指にのせて 空にさしのべると ほたるは 長く不在にした故郷(ふるさと)に帰り急ぐ者のように 速度をもってとびたつていく」。そして、「手許の光が消え 二人の子の中に ほの光るものがさしはじめる」。この詩を若松氏は、「手放すことで新たな不朽の光、朽ちない光がもたらされる」と推察されています。実は、この詩を創られたのは、上皇后美智子様です。素晴らしいご慧眼と、感銘します。

 以上、冒頭に申し上げた「生きる」という命題に対して、科学と文学・文芸のそれぞれの視点に、ある種共通する思いがあることに感じ入っていただければ幸いです。

 最近は、新型コロナウイルス禍が収まり、通常の生活が復活しています。しかし、能登半島地震や地球規模の環境変化、世界各地の戦乱、露見したサプライチェーンの脆弱性、物価や光熱水費の高騰などで人々は苦境に喘いでいます。こうした状況は他人事ではありません。そうした厳しい状況は、私たち人間が、いつの間にか世界を支配しているかのように思い込んでしまった、そういう利己的なところにあるのではないかと危惧します。私たちはそうした過信や、ただいま述べました生命が獲得してきた利他性を思い出して、より良い未来を提示し、実現しなくてはなりません。そのため、皆さんは、文系、理系にかかわらずそれぞれの専門を極めるとともに、人類の歴史や文化の歩み、人々の思考のあり方 -哲学や心理学など- を知る必要があります。また今では、AI(人工知能)や地球環境、SDGs、カーボンニュートラルなどの知識も分野を問わず必要とされます。一方、社会に山積する課題には受験参考書のような正解はありません。そのため、単に教科書や参考書に書いてある知識を身につけるだけではなく、教職員や友人をはじめとした幅広い人々との意見交換を通じて、論理的な考え方を身につけることが大切です。徳島大学で開催される種々のセミナーや講演会を聴講したり、書籍を読んで思いを巡らしてみることも頭脳と心を鍛える良い学びになります。同時に、皆さんはグローバルに活躍することが当たり前となります。したがって、グローバルコミュニケーション力も必要です。その際、自国の文化や歴史が語れる力も基本的な人間力として必須になります。

 以上、専門以外にも多くの学びが必要となりますが、学ぶことは他では得られない知的充足感をもたらしてくれます。皆さんは、これからどうか、生涯「学び続ける」ことを念頭に置いて、徳島大学での学びをスタートしてください。

 学部新入生の皆さんは、新型コロナウイルス禍と厳しい受験生活を乗り越え本日入学式の会場に臨まれました。また、大学院新入生の皆さんは、専門分野での学びの深化、留学生の皆さんはそれぞれ出身の国へ貢献したり、お国と日本との橋渡しとなるなど大きな夢を持ってここに集まっておいでと思います。これからの新たな出会いと学び、学生生活への期待で大いに胸が膨らむことでしょう。徳島大学は、学生の皆さんが主役です。そして、皆さんが今後我が国と世界に雄飛し、リーダーとして世の中を先導されるよう、願ってやみません。

 結びとしまして、この度、人生の最も感受性豊かで成長できる時期に、徳島大学学部ならびに大学院で学ばれる皆さんを心から歓迎します。徳島大学は皆さんに寄り添い、全力でサポートします。これからの生活が、皆さんの輝かしい人生の礎たる大学生活となることを祈念しまして式辞とします。新入生の皆さん、ご入学おめでとう。

 

最終更新日:2024年4月12日

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