住み続けたい街の"かっこいい生活"を創造する 実践的社会学で拓く、新しい地方の価値
大学院社会産業理工学研究部 社会総合科学域 地域科学分野 教授
矢部 拓也(やべたくや)
(「とくtalk」2026年秋号掲載/取材2026年7月)
地方創生という言葉は一般化したものの…
都市社会学・地域社会学を専門とする矢部先生。社会学の知識や調査手法を用いて地域の課題を発見・分析し、フィールドワークを通じて新たな価値を創造する「実践的社会学」を体現しています 。
矢部先生の研究を『とくtalk』でご紹介させていただくのは 、実に10年ぶりです。この10年で大きく変わったことのひとつが、「まちづくり 」や「 地方創生 」という言葉が一般化したことだといいます。今では大学教育や行政施策でも当たり前のように使われ、高校の「探究学習」でも 、多くの若者が地域課題について考える機会を得ています。
人口減少や少子高齢化、担い手不足など、さまざまな課題を抱える地方にとって、「まちづくり」や「地方創生」への関心が高まっていることは、本来、歓迎すべき変化のように思えます。しかし矢部先生は、言葉が社会に浸透したことと、地域の未来を担う当事者意識が育っていることは、同じではないと指摘します。
「地方創生は本来、自分たちが暮らす地域をより良くするための営みです。地方創生に関心を持ち 、積極的に活動している学生でも『10年後、徳島に住んでいると思うか?』と問うと、多くが首を横に振ります。自分が住むつもりのない街を良くしたいと語ることに、疑問を持たない。今の地方創生は、行政への提案やコンテストで評価されること自体が目的になっている側面がある。この実践と意識の乖離こそが、地方の衰退を招く構造的な問題」と指摘します。

矢部先生は移動には車を使わず、折りたたみ自転車「ミニベロ」を愛用。
全国の愛好家やメー力ーと連携し、ディーラーズミーティングなどを徳島で開催しています。
また、「まちしごとファクトリー」の実践講座や徳島県立池田高校や城東高校などでの探究学習サポー卜、
スポーツを軸とした地域活性化プロジェクトの他、徳島県と徳島市が検討している
「ウォーカブルな街づくり(新町橋通り歩道拡張プロジェクト)」などにも関わっています。
「日々の買い物」は地域への投票
「地方が衰退していく理由は、誰かが悪意を持って何かをしているからではありません。むしろ、一人ひとりが合理的な選択を積み重ねた結果として、地域全体の衰退につながっています。」
中心市街地の衰退を嘆きながらも、利便性や価格を求めて郊外の大型チェーン店で買い物をする。個人にとっては最適な選択であっても、その積み重ねが地域内で循環するはずだった消費を外へ流出させ、結果として街の衰退を加速させることになると話す矢部先生。
こうした状況を変えるために、先生が重視しているのが「地域内経済循環」です。
その実践の一つが、徳島信用金庫と連携した取組です。新社屋のオープンスペースをゼミで活用し、学生たちが大学の外に出て地域の中で学ぶ機会をつくっています。
「大学の中だけで講義を完結させず、街に出てゼミを行う。その後、近くの飲食店で食事をすれば、地域にお金が落ちる。そうした小さな実践の積み重ねが、街の活力につながっていきます」。
経済学では、日々の買い物をどこでするかという行動を、その街への「投票」と捉えることがあるといいます。何気ない日常の選択も、地域の未来を形づくる一票。一人ひとりの小さな行動が地域を支えています 。
サイクルツーリズムで「新しい地域文化」を創造
自治体などと連携し、実践的なまちづくりに数多く関わる中で、矢部先生が今、最も力を入れているのが、「サイクルツーリズム(農かな自然や歴史、食を自転車で巡る体験型観光)です。
徳島県吉野川市の自転車登坂競技「Mt.高越ヒルクライム」の企画・運営に加え、今年は、8月16日に鴨島駅前中央通り商店街で開催された一夜限りの阿波踊り「2026かもじま阿波おどり」のプレイベントとして「YOSHINOGAWAクリテリウム」を企画しました 。
「クリテリウム 」とは、市街地などに作られた1周1~5km程度の短い周回コースを、何度も回りながら順位を競う自転車レースのこと。「YOSHINOGAWAクリテリウム」は自転車競技連盟所属選手らが一夜限りの阿波踊りを控えた鴨島駅前通りをクリテリウム方式でデモ走行するというプロ グラムです 。
阿波踊り会場を自転車で走行するという、かなり意表をついた組み合わせですが、「地方にも、これくらいのダイナミズムが必要」という矢部先生。
こうしたアイデアの背景には、都市社会学者フィッシャーの「サブカルチャー理論」という理論的な支柱があります。フィッシャーは、都市が魅力的なのは、多様な趣味や価値観、ライフスタイルを持つ人々が一定数集まり、それぞれの「サブカルチャー」がモザイク状に共存しているからだと考えました。
「地方にも、自転車や音楽、サーフィンなど、多様なライフスタイルを楽しむ人を増やし、彼らが自由に活動できる場所(オープンスペース)をつくっていく。そうすることで、都会をまねるのではなく、地方ならではの”かっこいい生活”が可能になると思います」。

「YOSHINOGAWAクリテリウム」は、自転車を活用したまちづくりとサイクルツーリズムの推進を目的とする吉野川市の取組です。
新たな地域文化の創造として注目されています。
「20260816ノーカット 第一回鴨島クリテリウム一夜銀りの鴨島阿波おどり前」はYouTubeで視聴可能。
魅力的なライフスタイルを自ら生み出し 、楽しめる人を増やすラボ
「まちづくりの核となるのは、その地域で生きる実践者」という考えに共鳴し、研究室には現在、2名の博士課程の学生が在籍しています。ひとりは、「せとうち観光専門職短期大学」の助教で、四国水族館の立ち上げにも携わった人物。水族館を活用した地方創生をテーマに研究しています。もうひとりは、淡路島の「吉備国際大学」で助教を務める研究者で、海藻などの海洋生物を研究する傍ら、地域大学の教員として必要な地方創生やまちづくりの視点を学んでいます。
「うちの研究室では、研究者を育てるというより、地域での暮らしを楽しめる人を増やしたい」と話す矢部先生。こうした実務家や研究者が、それぞれのフィールドと研究室を行き来しながら地域づくりを実践し、地方ならではの魅力的なライフスタイルを自らつくり出していく。そうした人たちが地域に増えていくことで、「住み続けたい」と思える街が形づくられていきます。
ゼミの卒業生が徳島信用金庫に就職したことをきっかけに、オープンスペースを活用した講座やゼミを開催。
中小企業向けの金融商品を考案するなど、地元金融機関と連携した実践的な取組へと発展しています。

総合科学部では、学力だけでなく、地方創生にかける情熱、これまでの実践や経験を評価する
「地方創生型」の推薦入試がスタートしました。
合格者は矢部先生も指導にあたる「地域テザインコース」に優先的に所属できます。
「地域のために学びたい」「将来、地域に貢献したい」という想いと挑戦を応援する新しい入試制度です。






