最先端研究探訪

難病治療から食品ロス削減まで 脂質代謝研究が拓く「創薬・創食」の未来

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大学院社会産業理工学研究部 生物資源産業学域 食料科学分野 教授
田中 保(たなか たもつ)

「とくtalk」2026年夏号掲載/取材2026年5月) 

細胞膜の「かたさ」が病を招く!

私たちの体を構成する細胞は、 リン脂質の二重層からなる「膜」 に包まれています。この細胞膜の性質を決める大きな要因が、 リン脂質に結合している脂肪酸の種類です。
不飽和脂肪酸が適切に含まれていれば、細胞膜はしなやかに保たれ、さまざまな細胞機能がスムーズに働きます。ところが飽和脂肪酸が過剰になると、リン脂質同士が密に並びすぎて膜が硬くなり、細胞の機能が著しく損なわれてしまいます。これが、糖尿病や動脈硬化といったメタボリックシンドロームの根本にある変化のひとつとされています。
「脂肪酸のバランスが崩れると、細胞膜はまるで鉛筆を隙間なく並べたような状態になってしまいます。柔軟性を失った膜は正常に機能できず、やがて病気につながっていきます。その、 ”かたさ”を解消することが治療や予防の核心になりえると考えています」と田中先生は話します。

難病「副腎白質ジストロフィー」に挑む

脂肪酸の異常がとりわけ深刻な形で現れるのが、ペルオキシソーム病の一種である「副腎白質ジストロフィー (ALD)」です。この希少疾患では、本来ペルオキシソームで分解されるはずの 「極長鎖脂肪酸」が体内に蓄積し、 神経の髄鞘を破壊する重篤な症状を引き起こします。
これまで研究の大きな障壁となっていたのが、極長鎖脂肪酸が水にほとんど溶けないという性質でした。水溶液ベースの実験系に導入できないため、病態を再現するモデル細胞をつくること自体が難しかったのです。
田中先生はこの問題を独自の可溶化技術で突破しました。アルブミンとイソプロパノールを組み合わせた「IP法」と呼ぶ手法により、極長鎖脂肪酸を 0.22µmフィルターを通過できるレベルまで水に分散させることに成功。これにより、ペルオキシソームが欠損した CHO 細胞に極長鎖脂肪酸を蓄積させ、 世界で初めて病態を模倣したモデル細胞の作出に成功しました。
さらにその解析から、細胞毒性を引き起こす鍵となるのが「脂肪酸不飽和化酵素」の働きであることが判明しました。この発見は、ALDをはじめとするぺルオキシソーム病の創薬研究に向けた重要な足がかりとなっています。
現在はこの成果をもとに、重症化モデル動物の作出へ向けた共同研究を模索しています。治療法が存在しないこの疾患に苦しむ患者にとって、研究の進展が切望されています。

 

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「医療分野ではALDの治療や予防食の開発、新たな抗がん剤への応用、
産業分野では、農産廃棄物からセラミドや抗菌剤、 歯周病予防材といった
機能性素材を創出できる可能性もあります。
化粧品分野への展開とともに、食品ロス削減への貢献も見込まれます」という田中先生。

植物の「廃棄部分」から化粧品素材をつくる

難病治療だけでなく、研究は私たちの身近なところでも役立っています。
例えば、スキンケア商品などに使われる「セラミド」。肌の潤いを守る働きを担い、現在は米ぬかやこんにゃく芋などから抽出されたものが産業的に広く利用されています。
セラミドは植物由来の機能性素材。植物には本来、保湿や抗菌に有効な脂質が含まれているものの、その含有量が非常に少なく、産業利用に必要な量を確保しにくいことが長年の課題でした。
この課題を解決するのが、田中先生が植物から新たに見出した「GIPC(グリコシルイノシトールホスホセラミド分解酵素)」です。
このGIPCを分解する酵素を活用することで、植物の残渣や農産廃棄物を原料として、セラミドや抗菌剤などの素材を効率的に製造することが可能になるのだとか。
「徳島特産の藍染めの原料となる蓼藍や、ユズなどからもセラミドを作ることができます。ユズは果汁を搾った後の皮など、 未利用のものを有効活用できるメリットは大きいと思います。地域の特色を活かした製品づくりが可能になることから、地元色を打ち出した商品開発を求める企業からの相談も増えています」。
この技術は、単に化粧品素材を供給するだけでなく、未利用資源の活用による「食品ロスの低減」と、天然由来成分による「健康的な生活への貢献」という二つの社会的課題に同時に応える可能性も秘めています。
地域資源に新しい価値を与え、持続可能な社会の実現に寄与する研究として注目されています。

 

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健康増進から環境問題の解決まで研究の出口は豊富

自身の研究の強みを「複数の出口がある点」と評する田中先生。
「細胞を傷つける脂肪酸毒性のメカニズムを逆手に取れば、がん細胞を選択的に攻撃する抗がん剤の開発につながる可能性があります。一方で、毒性を緩和する方法を応用すれば、生活習慣病の予防食や、ALDのような難病に対する食事療法の開発も期待できます。脂質代謝という一本の軸から、さまざまな方向へ展開できることが、この研究の醍欄味かもしれません」。
健康増進から環境問題の解決まで、多様な社会課題への応用の可能性が広がる一方で、他の研究と同様に、成果をいかに社会実装へと結びつけるか。その時間と資金の確保には課題があるといいます。
その道筋をどう築いていくか。 田中先生はクラウドファンディングなどによる資金調達も視野に入れながら、さらなる実験と検証を重ね、研究を発展させていきたいと語りました。
 

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研究室には外国人留学生の姿も見られ、国際色豊かな環境で研究が行われています。
また、化粧品開発に関心をもって研究室へ入ってくる学生も多いそうです。

 

 

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