
大学院医歯薬学研究部 歯学域 歯科保存学分野 歯科保存学 教授
保坂 啓一(ほさか けいいち)
徳島大学歯学部の開設と同時に立ち上がった「歯科保存学分野」。患者自身の天然歯を生涯にわたって保存し、口腔内だけでなく全身の健康を守ることを目指す診療・研究領域です。
現在はむし歯(う蝕)、歯周病、歯のすり減り(咬耗・磨耗)などを主な対象とし、保存修復、歯内療法、歯周病治療の3つの領域を包括しています。
初代主任教授の西野瑞穗先生から受け継がれてきた同分野で、2021年に第5代主任教授に就任した保坂啓一先生。保坂先生のもとでは、接着歯学とデジタル技術を融合させ、できるだけ歯を削らない低侵襲治療(MI)や、透明な型枠「クリアインデックス」を用いた高度な治療の標準化を推進しています。さらに、大学発ベンチャー「株式会社 amidex」を通じて、研究成果の社会実装にも取り組んでいます。
徳島大学歯学部創立50周年を記念し、「歯科保存学分野」の取組について、保坂先生に伺いました。(取材2026年10月)
■徳島大学大学院医歯薬学研究部歯科保存学分野
https://rdm-tokushima-u.jp/
できるだけ自分の歯を残すことが、人生100年時代の健康を支える
歯科保存学分野で扱う疾患は、大きく3つあります。むし歯(う蝕)、歯周病、そして「第三の大疾患」とも呼ばれる歯のすり減りです。
むし歯や歯周病に対する予防意識が広まり、歯を失わずに生涯を過ごせる人が増えてきた一方で、近年は、長く使い続ける歯をいかに守るかという観点から、歯のすり減りへの対応も新たな課題となっています。
同分野では、研究・臨床・教育の側面から、これら3つの疾患に向き合い、できるだけ長く自分の歯を使い続けるための治療や予防、診断技術の研究に取り組んでいます。
「国際的にも、歯を保存することの意義があらためて注目されています。国際歯科連盟(FDI)は、健康な歯を保存することが口腔健康の増進につながるとして、その重要性を発信しています。機能の面でも、見た目も、自分の歯を残すことの価値は大きいと思います」という保坂先生。
2022年に『とくtalk』で保坂先生の研究室を紹介させていただいた際、健全な歯をできるだけ削らず、悪くなった部分だけを治療する「低侵襲治療(MI)」に力を入れていると伺いました。その実現を支えるのが、高度な接着技術です。
日本は接着歯学の分野で世界をリードしてきました。保坂先生は、こうした接着技術を生かし、コンポジットレジンと呼ばれる修復材料を用いて、健康な歯をできるだけ削らずに修復する治療に取り組んでいます。歯の機能を守るだけでなく、歯や口元の美しさにも配慮し、健康的な機能美との調和を目指してきました。
そして現在、デジタル技術を組み合わせることで、より精密で再現性の高い治療を目指しています。
従来、詰め物の形づくりは、歯科医師が口の中で材料を盛り、光を当てて固め、磨いて仕上げるという、術者の技量に左右されやすい作業でした。これを「いわばアドリブ演奏のようなもの」と例える保坂先生。
そこで口腔内スキャナーで患者さんの歯の形をデータとして取り込み、CADソフトを使ってコンピューター上で最終的な修復物の形をシミュレーションし、その設計をもとに作製した透明な型枠「クリアインデックス」を使い、シミュレーションした形を口の中に正確に再現する方法を確立しました。
「目指しているのは、治療の質を高い水準で標準化することです。研修医や学生でも、上手な先生と同じように治療ができるようにしたい」と話します。
大学発ベンチャーから世界へ
こうした研究成果を社会に届けるため、保坂先生は徳島大学発ベンチャー「株式会社amidex」を立ち上げました。2024年には、「クリアインデックス」を歯科医院へ届けるサービスを開始。これまでに 800 症例を超える患者さんの治療に活用され、600 を超える歯科医院がユーザー登録しています。
この手法は、すでにFDI(世界歯科連盟)の卒後研修コースのプログラムの一つにも位置づけられており、歯科医療の新たな選択肢として広がりを見せています。
そのため、北米やイギリスでも、同様の技術開発に取り組む企業があるといいます。
そう聞くとこの分野で、世界的に技術競争が激しくなっているように思いますが、歯をできるだけ削らずに治療するという考え方は、歯科医療全体に広く浸透しているとはいえないのだとか。
「耐久性や費用、診療時間、歯科医師の技術など、さまざまな理由から、現在も健全な歯を削ってセラミックなどの修復物を装着する治療が多く行われています。こうした現状を変えるには、『健康な歯を削って治す』という発想そのものを見直し、歯科医療のあり方を変えていく必要があります。単なる一企業との競争や、一時的なトレンドにとどまらず、患者さんの歯を削って治すという歯科界の根本的な発想を大きく転換する、パラダイムシフトを起こすという意識で取り組まなければ、世の中の歯科医療は変わらないと思っています」。
今後は、日本のみならず、アジア、アメリカ・ヨーロッパなどでの展開を計画しており、海外への普及を目指しています。
★「株式会社amidex」の取組については、BS朝日「Fresh Faces ~アタラシイヒト~」でも紹介されました!
BS朝日「Fresh Faces ~アタラシイヒト~」 (2026年8月29日(土)放送)
歯科保存学分野の注目のトピック「白色病変」の治療
もうひとつ、歯科保存学分野の注目トピックのひとつが、MIH(臼歯切歯過少石灰化)をはじめとするエナメル質の形成不全です。歯の表面に白い斑点が現れるもので、歯科外来で調べると約13.5%の患者さんにみられるといいます。
生まれつきのものに加え、乳歯の頃のけがや大きなむし歯の影響で起こることもあり、見た目だけで区別することは困難です。そのため近年は、これらをまとめて「白色病変」と呼んでいます。
エナメル質が白く見えるのは、本来整っているはずの結晶構造が失われ、光が乱反射するためです。こうした歯は、むし歯にもなりやすいという特徴があります。
従来は、変色した部分を削り取る方法が中心でしたが、最近は薬液を塗ってレジンを内部へ浸透させ、白斑を目立たなくする治療が注目されています。
見た目の悩みを和らげるだけでなく、歯をコーティングしてむし歯を予防する、戦略的な口腔健康向上策でもあります。

「研究には、徳島大学の強みである光の技術も生かされています。白斑の構造を光学的に分析・解析するほか、光干渉断層計(OCT)や音響波を用いて、むし歯の診断や治療効果を評価する研究も進めています。実用化はこれからですが、徳島大学ならではの独自性のある取組です」。
また、保坂先生は学部生への歯学教育にも情熱を注いでいます。歯学部1年生向けのリレー講義では、「技術を磨いて、世界に出ていってほしい」と学生に熱く語りかけています。単なる国家試験対策にとどまらず、教える側と学ぶ側がともに真剣に向き合い、世界基準の技術と意識を持って切磋琢磨することの大切さを伝えています。
「SNSなどを通じて世界の最新情報に誰もが触れられる今だからこそ、国内外の学生や若手歯科医師が互いに刺激しあい、高め合っていってほしい」という保坂先生。創立 50 周年を迎えた徳島大学歯学部から、その思いを世界へ発信していきます。






