カルシウムイメージングとAIで「マウスの見ている世界」を再現する 脳の視覚情報処理に関わる新しい研究室誕生!/𠮷田盛史 研究室

大学院医歯薬学研究部 医学域 生理学分野 教授
𠮷田 盛史(よしだ たかし)研究室
𠮷田先生の研究室では、カルシウムイメージングとAIを駆使し、マウスの脳活動から「見ている世界」を再現する研究に挑んでいます。自分の動きと視覚情報が統合される「感覚運動統合」の解明を通じ、脳が安定した世界を構築する普遍的な仕組みを探求しています。この研究により、自閉スペクトラム症等の精神疾患における感覚処理の異常解明や、新たな治療法開発に繋がることも期待されています。
★徳島大学生理学分野 𠮷田ラボのホームページができました!あわせてご覧下さい。
https://seirigaku-yoshidalab.basic.med.tokushima-u.ac.jp/
(「とくtalk」2026年夏号掲載/取材2026年4月)
感覚運動統合のメカニズムを探求中
𠮷田先生の研究のメインテーマは「視覚情報処理」です。特に大脳皮質がどのように情報を処理しているかという点に注目しています。
従来の視覚研究は被験者がモニターの前にじっと座り、刺激を観察するスタイルが主流でした。しかし私たちは常に動いています。そして動き回っても視野がブレることはありません。
「私たちは普段、絶えず頭や目を動かしています。本来なら、自分自身の動きによって視界はブレた状態として脳に情報が入ってくるはずなのですが、私たちは安定した鮮明な世界を見ています。このようなブレの一部は反射性の眼球運動により補正されますが、それだけでは十分ではなく、残ったブレの成分は脳が自らの動きを予測し、情報を補正していると考えられます」。

このような、自分の動き(運動)と外からの情報(感覚)が脳内でどのように相互作用しているのかという「感覚運動統合」の研究を一つのテーマとして進めています。神経科学の分野では、脳が外界の変化を予測し、その予測と実際の入力との「誤差」を処理するという「予測符号化(プレディクティブコーディング)」という理論が提唱されています。そうした理論の実証も見据えつつ、脳がどのように安定した世界を構築しているのか、そのメカニズムの解明を目指しています。
カルシウムイメージングとAIで「マウスの見ている世界」の再現が可能に
研究には、マウスの脳活動を顕微鏡で観察する「カルシウムイメージング」という手法を用いています。カルシウムイメージングは特殊な蛍光タンパク質により細胞内のカルシウムイオンの濃度変化を蛍光顕微鏡によって可視化・測定する技術です。神経細胞にこの特殊なたんぱく質を発現させ、神経活動にともなう細胞内のカルシウム濃度の上昇を手がかりに、神経細胞が活動した瞬間に光る(蛍光強度が上がる)様子をリアルタイムで捉えることができます。
加えてAIや機械学習といった数理的アプローチも積極的に取り入れ、実験データと数理解析を組み合わせることで、神経細胞機能のモデル化や神経細胞が持つ情報の読み出し(デコーディング)などを通じて、より詳細な脳機能の理解を目指しています。
「こうした解析を通じて、動物がどのように世界を認識しているのかを探ることができます。例えばマウスに写真を見せた際の神経活動を記録し、その活動パターンから『マウスが何を見ていたのか』を推定して画像を再構成することも可能です。マウスは視力があまり高くないため、実際の見え方に近づけるよう画像をぼかして解析すると、より現実的な視覚情報の再構成が得られることも分かってきました。さらに、1枚1枚の画像の視覚情報の再構成には、同時に測定された数百個の神経細胞のうち20個程度の神経細胞でも十分な情報が含まれていることが明らかになっています。このような情報を持つ少数の神経細胞の組み合わせが次々と入れ替わることで、多様な画像情報が表現されています。これは、少数の神経細胞だけを使って効率よく情報を表現する「スパースコーディング」という考え方を実験的に示した成果でもあります。また、スパースコ―ディングは、脳が省エネルギーかつ効率的に情報処理を行っていることを示唆しており、過剰な同期活動による異常な脳活動を防ぐ仕組みにも関係していると考えられています」。
とはいえ、マウスは視覚にあまり依存していない動物。そのため「20個程度という少ない神経細胞でこと足りるのでは?」という疑問について、𠮷田先生は次のように答えます。
「スパースコーディングは、マウスだけでなくサルやネコなど多くの動物種で報告されている、普遍的な情報処理の仕組みと考えられています。確かにマウスは嗅覚やヒゲによる体性感覚への依存が大きい動物ですが、遠くの情報を把握する際には視覚を利用しています。例えば、上空から黒い物体が急速に近づいてくるように見える刺激を与えると、マウスはそれを天敵と認識し、驚いて動きを止めたり、隠れたりします。このような生存に関わる行動においても視覚情報が重要な役割を果たしています。視覚の基本的な仕組みには、ヒトやサルと共通する部分も多く、マウスを用いた研究は、ヒトを含む脳の視覚情報処理を理解する手がかりにもなると考えています」。
自然な行動の中で脳を探る 精神疾患のメカニズム解明へ
実験ではこれまで、顕微鏡下でマウスの頭部を固定した状態で脳活動を計測してきましたが、最近はマウスが自由に動き回る、より自然な状態での計測にも取り組んでいます。
視野を撮影する小型カメラや回転センサー、マウスの頭部に搭載できる超小型の蛍光顕微鏡を用いることで、動き回るマウスが「何を見て」「どのように動き」、その時に「脳がどのように活動しているのか」を同時に記録します。これにより、感覚情報と運動情報が脳内でどのように統合されているのかを、より実環境に近い条件で解析することが可能になってきました。
こうした研究は、自閉スペクトラム症や統合失調症といった精神疾患の理解や治療にもつながると期待しています。
「これらの疾患を抱える方々の中には、感覚が過敏になったり、逆に鈍麻したりといった感覚処理の問題を抱えるケースが多く報告されています。例えば、『急に明るいところに出ると眩しすぎる』『雑多な場所で視覚的なノイズが見えてしまう』といった症状です。さらに、感覚と運動の統合不全も報告されています。しかし、これらについての脳内での具体的なメカニズムはまだ解明されていません。疾患モデルマウスの脳活動を解析し、彼らがどのように『変容した視覚経験』をしているのかを、脳活動からの視覚情報のデコーディングなどを通して、解明したいと考えています。また、将来的には、異常な神経活動をもたらす視覚入力や、運動情報との統合の破綻が生じる状況を特定し、環境要因の制御や異常な脳活動のフィードバック制御による新たな治療介入法の開発を目指していきます」。
学生と共に創る、新しい脳科学研究室

𠮷田先生が徳島大学に着任したのは、2025年11月。当初は先生お一人の状態から始まった研究室ですが、半年が経過した現在、驚くべきスピードで体制が整いつつあります。
「3月までは本当に一人きりでしたが、4月から秘書の方が加わり、現在は二人体制です。そして何より、秘書さんの広報活動が素晴らしく、研究室の最大の強みになっています(笑)」。
生理学分野は医学部基礎A棟1Fドンツキにあるのですが、初めて来る人にはちょっと分かりにくい場所。そうした訪問者のために廊下に生理学分野についての紹介文が掲示してあります。SNS(note)でも熱心に情報発信していて、こうした努力が功を奏し、今年度はすでに1年生から4年生までの8名の学部生が所属し、日常的に出入りする活気ある環境となっています。
研究室の様子はnote「シン・あべみょん」をチェック!
https://note.com/abemyon_since08
「徳島大学医学部の大きな特徴の一つに、半年間じっくり一つの研究室に所属できる『医学研究実習』など、学部学生が研究に携わることができるプログラムがあります。これらの制度を最大限に活用し、学部生が主役となって研究を進めてくれています。

今、来ている学生たちも『数理モデルを使った解析をしたい』『学習によって神経活動がどう変わるか調べたい』など、それぞれの興味に基づいた研究を行っています。私はどうしてもこれまでの経験に縛られがちですが、学生のフレッシュで斬新なアイデアにはいつも驚かされます。彼らの『とんでもないアイデア』を大切にしながら、一緒に脳の謎解きを楽しみたいと思っています」。
興味のある人はぜひ研究室を訪ねてみてください。



