文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択され、フォトニクス健康フロンティア研究院(IPHF)を設立して約1年。前編では、それぞれの研究分野から描く「創造的超高齢社会」の未来像を紹介しました。後編では、異分野融合による研究の可能性や、新たな価値を生み出すための挑戦、そして徳島大学が目指す未来について、4人の研究者が熱く語ります。分野を超えた対話から見えてきたイノベーション創出への道筋に迫ります。(※敬称略)
(「とくtalk」2026年夏号掲載/取材2026年5月)
病気中心から健康中心へ 融合研究が変える医療
井貫:矢野先生が「光で見えないものを見えるようにする」というお話をされていました。見えない異変を可視化して、未病や予防の段階に力を入れていきたいというのは、とても面白いなと思いました。こうした技術を取り入れやりやすい分野と、難しい分野があるのでしょうか。
矢野:分野というより、検体によって技術との相性が大きく異なると感じています。どうやって検体を取るかという点がとても難しくて。徳島大学着任を機に、医学部と連携して医療応用を進めたいと考え、「病気を光で検出する」という研究を始めたのですが、「一番体に負担の少ない検査は何だろう」と考えまして。採血はもちろん、唾液や尿の検査も実は結構負担になるんですよ。そこで「呼気」、つまり口から吐く息を使って病気の成分を検出できないかと考えました。息なら体への負担がほとんどありませんから。ただ、これが非常に難しかった。皆さんが「はぁ~」と吐いた息の中にはどのくらいの分子があると思います? 何千という分子があるのですが、その中で病気に関連する一つの分子だけを光を使って検出しようにも、邪魔なものが多すぎるんですよ。三年ほど挑戦しましたが、正直、埒があかないという結論になり、方向転換しました。
今は微量の血液を使った研究を進めています。とはいえ、たくさん血を採るわけではありません。蚊に刺された程度の、ごくわずかな量です。実は数マイクロリットルほどの微量な血液でも、その中に含まれる病気関連の分子を、光技術で検出できる可能性があります。今は、がんに加えて認知症につながるタンパク質がどれくらい体内に存在しているかを調べることで、将来のリスクを予測する光診断技術の開発を進めています。
井貫:ありがとうございます。渡邊先生の「デジタルツイン」についても、SF映画に出てきそうなお話で、とても興味をひかれました。デジタルツインが実現すれば、もはや研究において実験も不要になるのではないでしょうか。
渡邊:確かにデジタルツイン技術が実現すれば、医学の歴史でも大きな転換点の一つになると思います。これまでの医療は多くのヒトの医学的データを集めて、「この集団はがんになりやすい」といったように、集団の平均的な振る舞いを基に診断基準や治療法を決める考え方が中心でした。しかし、このアプローチでは副作用や治療効果に個人差が生じるのは避けられません。そのため現在は「プレシジョン医療(精密医療)」や「個別医療」と呼ばれる、一人ひとりの体質や状態に合わせて各個人に最適な医療を提供する考え方へと転換しつつあります。このような流れがあるからこそ、当然デジタルツインも、一人ひとりに対して作らないと医療応用はできません。さらに言えば、私たちの健康状態は時間とともに変化しており、「デジタルツインが本当に正しいのか」という問題は常に残るわけです。だからこそ、矢野先生の研究のような、身体への負担が少なく、リアルタイムに生体データを取得する技術も用いて、各個人の生体データとの整合性をリアルタイムに取りながら、デジタルツインの精度を高め続ける作業が必要であり、完全に「実験」が不要になる可能性は低いと思っています。
また、私自身がもともとウェットの研究をしていた経験もあるので、やはりリアルな実験による検証には強い説得力があると感じています。一方、ウェット実験には非常に大きなコストがかかります。そこで、デジタルツインなど数理モデルにおけるシミュレーションによってコンピューター上での「仮想実験」を活用すれば、例えばマウス実験において、本来数十匹必要だったものを、数匹に減らせるかもしれない。そうやって少しずつ効率化は進んでいくと思いますが、少なくとも私が生きている間は、ウェット実験そのものが完全になくなることはないのではないかと思っています。ビッグデータ・コンピューター技術とウェット実験をどう組み合わせていくかが、幅広い科学研究分野において今後ますます重要になっていくと考えます。
井貫:ありがとうございます。住友先生と黒滝先生のお話には、共通するキーワードがありました。「なぜ高齢者は重症化しやすいのか」、そして「どうすれば重症化を防げるのか」という視点です。黒滝先生からは、細胞の状態や「記憶」を変えることで、若返りや疾患予防につなげたいというお話がありました。一般的に加齢と共に病気が治りにくくなったり、重症化するのは当たり前という感覚があるのですが、お二人の研究が「高齢者でも、病気にかかった後に元気な状態へ戻り、健康に寿命を全うできる未来」を描いている点が、とても気になりました。その未来を実現するために、具体的にどのようなアプローチを考えられていらっしゃいますか?
住友:現段階では肺炎や感染症で一度重症化してしまった状態を、完全に元通りにするのは難しいです。だからこそ重要なのは、「この人は少し危ないかもしれない」という小さな変化に早く気づき、未然に防ぐことだと思います。例えば、普段の生活の中でスマートウォッチのような機器を使い、体のわずかな変化を検知できれば、重症化する前に対処できる可能性があります。そうした、負担なく異変に気づける技術を確立していくことが理想です。もし感染症で重症化したとしても、「この食品を摂ることで回復力が高まる」といったような、栄養面からのアプローチもできれば面白いと思っています。栄養学イニシアティブとして研究をしているので、そうした方向にも可能性を感じています。
井貫:黒滝先生はいかがですか。
黒滝:老化というのは、ある意味では自然に進んでいくものです。だからこそ、それを若返らせることが、本当に体にとって良いことなのか、逆に負担にならないのかという点は、慎重に考えなければいけないと思っています。ただ一方で、これまで治療法がなかった病気や、もっと早い段階で介入できれば重症化を防げる病気というのもあります。例えば、がんのように、症状が進んでからでは負担が大きくなる疾患に対して、未然に介入することで、より深刻な状態にならないようにする。そうしたアプローチは非常に重要だと感じています。もちろん、健康な状態を維持している人に対して、どの段階で、どの程度介入するのが現実的なのかという難しさはあります。「この細胞の状態はちょっと良くないかもしれない」という変化を早い段階で見つけ、その状態をより良い方向へ変えていくことができれば、将来的に大きな病気や悲劇的な状態を防ぐことにつながるのではないかと考えています。
渡邊:今日のお話の中で、「予防」という言葉がよく出てきます。実際、予防医療や未病、超早期診断といった考え方自体は、かなり以前からあります。ここであえて強調したいのは、これまでの予防医学というのは、結局のところ「病気中心」だったんですよね。
従来の予防医学は、特定の病気に対して、「もっと早い段階で発見できる特徴的な変化(バイオマーカー)を探そう」というアプローチで発展してきました。つまり、健康状態から病気へと段階的に向かう過程において、どうすれば病気にならないか、病気側から逆算している訳です。でも本来は、健康な状態そのものをもっと深く理解し、「健康から外れるとはどういうことなのか」を考えるべきだと思います。ただ、これまで病気中心のアプローチになっていたのは、病気が定義できるのに対して健康状態は定義できなかったことが一因です。また、健康な状態維持には普段の生活習慣が重要なのは間違いありませんが、「健康的な食事を摂って運動をしましょう」というのは定性的で漠然としています。しかし今は、ヒトのビッグデータが集まり、さらに機械学習やシステム生物学といった新しいアプローチが進んできているため、「健康とは何か」「どこから変化が始まるのか」を捉えられる可能性が出てきました。そうなると、先生方が取り組まれているような研究とも結びつきながら、予防や介入の新しい評価方法が生まれ、より良い予防法や治療法の開発につながっていくと思います。こうした融合研究こそが、これからのサイエンス全体の大きな流れになっていくのではないかと感じています。これからの医療は、「病気中心」ではなく「健康中心」へ変わっていく必要があるのではないでしょうか。
創造的超高齢社会は “どう生きるか”を考える社会
井貫:ここで会場からの質問を受け付けます。どなたか質問はありませんか?
学生:少し大筋から外れるかもしれないんですけれども、基礎研究を進める中で、社会実装の難しさを感じています。先ほど渡邊先生から、「病気中心ではなく健康中心へ」というお話がありましたが、そもそも健康な人は「自分が病気になるかもしれない」ということをあまり想像しないのではないかと思います。健康意識が高い人だけではなく、普段あまり意識していない人にも、自然に予防や健康管理に関わる仕組み作りも大切だと思います。研究者として何ができるか、研究成果を社会に広げていくために、どのようなアプローチが必要だと考えられますか。
渡邊:そうですね。おっしゃる通り一人の研究者、一人の人間ができることには限りがあります。「自分たちだけですべてをやろう」と考えるのではなく、役割分担として捉えることが大切なのかなと思っています。
例えば、研究成果が出て、それが論文やニュースなどで社会に発信される。すると今度は、行政や政策に関わる方々が、「それを社会の中でどう活用するか」という視点で動き始めます。行政や企業、地域社会が制度や仕組みとして広げていく、という流れですね。徳島大学は県や地域との距離が近いという強みがあります。「こういう取組を一緒に進めていきましょう」という連携もしやすく、研究成果を社会実装につなげやすい環境があると感じています。
もう少し具体的な例では、私が留学していたアメリカのシアトルでは、砂糖入り飲料に「砂糖税」が課されていました。人々は税金を払いたくないので、自然と砂糖の少ない飲み物を選ぶようになります。こうした行動を変える仕組み作りについては、行動経済学などの専門分野の研究者たちが取り組んでいるので、医学・生命科学系の基礎研究者がそこまでする必要はないと思います。最近は基礎研究からすぐに応用や実装へ、という流れが強く求められることも多いですが、私はやはり、土台となる基礎研究を丁寧に積み重ねることが最も重要だと考えています。まずは自分の基礎研究をしっかり積み重ね、自信を持てる研究を行うことが重要だと思います。その上で、自分たちだけではできない部分は、異分野の研究者や行政、企業などと連携していく。まさに今日のような融合研究の場が、そのためにあるのだと思います。
学生:ありがとうございます。
井貫:矢野先生もたくさんの共同研究をされていますよね。
矢野:私の研究室には、今、21名ほど学生がいるのですが、昨日も学生たちと研究テーマについて話をしました。理工学部の学生でも、医療に興味を持っている子が多くて、彼らにまず聞くのが、「医療機器のように出口が見えやすい研究をしたいのか」、それとも「そもそも、なぜ病気になるのか、その原理原則を解き明かしたいのか」ということです。つまり、応用寄りの研究なのか、基礎医学的な研究なのか、どちらに興味があるのかを最初に聞きます。すると半分くらいの学生は、「どうして病気になるのか」「どこが原因なのか」といった基礎的な部分を、光を使って調べたいと言うのですね。ただ、「それが何の役に立つのか」という不安も抱えていて、そういう学生には「原理原則が分かることが一番大事だ」と話しています。基礎研究は遠回りに見えて、実は非常に大きな社会的・医学的貢献につながります。そういう話をすると、学生たちも高いモチベーションを持って研究を続けてくれます。
井貫:ありがとうございます。他に何かご質問等ありますでしょうか。技術やテクノロジー、研究が発展していくと、健康寿命はどのくらいまで延ばせるのでしょうか。遊び心を持って質問させていただきますが、永遠に若さを保ち、生きることも可能でしょうか。
渡邊:それは非常に難しい質問で、究極的には「生きているとは何か」という哲学の問題になるかと思います。私たちの体でも細胞が毎日少しずつ入れ替わっていますよね。健康寿命を延ばすのは若い状態に戻すというより、「置き換えていく」という方向になる可能性もあるのかなと思います。そうなると哲学で語られる「テセウスの船」のように、長い年月の中で傷んだ部品を少しずつ交換していき、最後に全部入れ替わった時、それは元の船と言えるのか、という議論になります。つまり一人の人間に対して臓器をどんどん若いものへ置き換えていった時、それは「同じ人間」なのか、という問題が出てくる訳です。「同一人物だ」と考えるのであれば、そうした技術による健康・若さを選ぶ人も将来的には出てくるかもしれません。さらに極端な机上の話をすれば、昔のSF漫画などで描かれていたように、意識をデータとして脳へアップロードする、といった発想も空想とは言い切れなくなる可能性があるかもしれません。そうなってくると、単なる医学や工学の問題ではなく、倫理や哲学の議論になってきます。技術が進歩すればするほど、「人間とは何か」という根本的な問いが研究者に限らず私たち全員にとって重要になってくるのではないかと思います。
井貫:確かにそうですね。今日はさまざまな観点から「創造的超高齢社会」について考えることができたのではないかなと思います。健康や医療の面だけではなく、社会のあり方や哲学的なテーマにまで話が広がって、とても興味深いお話をたくさん伺うことができました。先生方のお話から、創造的超高齢社会というのは、単に長生きする社会ではなく、「どう生きるか」をみんなで考えていく社会なのだと感じました。貴重なお話をありがとうございました。
※次回の座談会の開催は2026年9月(予定)です。詳細は下記のページでお知らせします。
■徳島大学×J-PEAKS
https://www.iphf.tokushima-u.ac.jp/




