最先端研究探訪

健康寿命の延伸に寄与する 医薬シード化合物の探索研究

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薬学部薬用植物園にて。薬学部及び薬学研究科学生の教育研究に使用する
薬用植物園の園長も務めている田中先生( 手前の植物はビヨウヤナギ)。
約1万平方メートルの敷地内で、約700種の植物を栽培していて、野生ではすでに絶滅した「コブシモドキ」など、
絶滅危惧種の保護・増殖を行う「種の保存」の役割も担っています。
薬用植物園は年に一度、一週間の一般開放を実施しており、例年多くの人が訪れます。

 

大学院医歯薬学研究部 薬学域 生薬学分野 准教授
田中 直伸(たなか なおのぶ)

とくtalk 2026冬号掲載/取材2025年10月) 

現代社会が求める「元気に長生き」する成分を探して

〝人生100年時代〞と言われる現代では、単に寿命を延ばすだけでなく、健康で自立した生活を続ける「健康寿命」の延伸が重要なテーマとなっています。
この課題に、薬用植物や海洋生物由来成分の研究を通じて挑んでいるのが、田中先生の研究室です。
世界各地で民間薬として伝承されてきた薬草や、日本固有の植物、さらには徳島の特産品である阿波晩茶などから、人々の健康に役立つ素材とその成分の探索や、新たな医薬品、機能性食品の元となる「医薬シード化合物」の探索研究を行っています。

 

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田中先生(写真中央)と研究室の皆さん。

 

世界各地に息づく独自の薬草文化に注目

田中先生はこれまでモンゴルや中国などで現地調査を行い、その土地に根付く民間薬の研究を行ってきました。中でも力を入れているのが中国南西部に位置する「広西チワン族自治区」での国際共同研究です。
水墨画で描かれる桂林のような奇岩が連なるこの地域は、特異な石灰岩地帯であり、アルカリ性土壌という過酷な環境に適応した植物が独自の進化を遂げています。
植物多様性が極めて豊かな地で、現地の少数民族は古くから独自に薬草を利用してきました。
この研究は、かつての恩師や同門の研究者たちとのつながりから発展したもので、現地の植物研究者との長年の交流を経て、コロナ禍明けに再び現地調査を実施。炎症性疾患に使われる現地の薬草から、脳の神経炎症を抑制する可能性のある成分を発見しました。
また研究を通して、既知の成分でもこれまで知られていなかった効果を見つけることも。
その一例が、モンゴルで「チャーガ」と呼ばれるキノコに関する研究です。
モンゴルでは古くから毛染めや洗髪などに利用されてきたことに着目し、含有成分を詳しく調べたところ、教科書にも登場するような基礎的な化合物の中に、育毛剤として働く可能性のある成分が含まれていることを突き止めました。
研究を進めた結果、その化合物には毛乳頭細胞を増殖させる活性(育毛効果)があることが明らかになり「チャーガ」を使った育毛剤が共同研究企業から上市されました。

日本の植物から発見!「トリアデノシド」と抗フェロトーシス活性

海外の植物だけでなく、日本の植物からも重要な発見が生まれています。
北海道で採取したオトギリソウ科植物「ミズオトギリ(Triadenum japonicum )」の成分探索において、新規化合物を発見。植物の学名にちなみ「トリアデノシド(Triadenoside )」と命名したこの成分は、現代医学が注目する新たな細胞死「フェロトーシス」を抑制する活性を持つことが分かりました。
フェロトーシスは、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患や、脂肪肝などに関与しているとされる細胞死の一種です。この細胞死を食い止めることは、脳や肝臓の機能を守り、結果として健康寿命を延ばすことにつながると考えられています。

「単離」へのこだわりと未知の成分に名前をつける喜び

研究の根底には、中国最古の薬物書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』の考えがあります。この書物では、生薬を上品(じょうほん)・中品(ちゅうほん)・下品(げほん)の3つに分類しています。下品は毒性があるものの、病気を治す強い作用を持つ薬(現代の抗がん剤などのイメージ)ですが、上品は「命を養う」薬とされ、長期間服用しても害がなく、体を強くし、不老長寿につながるものとされています。
田中先生が目指すのは、上品に該当する成分の発見です。
昨今の分析技術の進歩により、植物抽出液を機械にかければ、数多くの成分を一斉に分析することが可能になりました。しかし、田中先生の研究室ではあえて手間と時間のかかる「単離」にこだわっています。
単離は、混合物の中から一つの成分だけを純粋な形で取り出す手法です。一斉分析では埋もれてしまうような微量な成分や、データベースにない未知の成分も、単離して初めてその化学構造を決定し、正確な活性を評価することができるといいます。
そうして未知の成分を発見したあかつきに、もうひとつ楽しみなのが、見つけた成分に命名できること。
「誰も知らない成分を見つけ、それに名前をつける。これは研究者としての大きな喜びです」という田中先生。ミズオトギリから発見した「トリアデノシド」や、徳島県の民間薬ビヨウヤナギに含まれる抗HIV活性物質「ビヨウヤナギン」などは、田中先生が名付けた化合物です。自身が名付けた化合物が世界の科学論文の中で使われ続け、未来の医療や健康科学を支える基盤となることは研究者の醍醐味でもあります。

 

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「阿波晩茶」に秘められた健康パワーを新商品に活用

研究室では、徳島の特産品である「阿波晩茶」も研究対象としています。
徳島県上勝町などで生産される阿波晩茶は、茶葉がしっかり成長する夏の暑い時期に全て手作業で摘み取りが行われます。
作業の中心を担うのは現地の高齢女性たち。急な斜面をものともせず働く彼女たちの健脚ぶりと元気さに、「阿波晩茶には健康効果があるのでは?」という着想から研究を開始。現在、茶葉の製造工程で生じる未利用資源(茶汁)に含まれる有用成分の探索を進め、ヘルスケアに有効な機能性食品の開発を目指し、地域特産品の新たな価値創出につなげようとしています。
「自然界には私たちの健康を支える未知の成分が数多く眠っています。未知の成分を見つけるとワクワクします。一つ一つを丁寧に単離し、その構造と機能を解き明かしていく。その地道で根気強い基礎研究の積み重ねが、やがて『元気に長生きできる社会』の実現につながると期待しています」。

 

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薬学部生薬標本室にて。研究室では漢方薬の構成生薬の成分再検討にも取り組んでいます。
漢方薬は経験的に「効く」ことが分かっていますが、実はどの成分がどう作用しているのか、
科学的には未解明な部分が多く残されているのだとか。
生薬一つ一つを微量成分まで徹底的に探索し直すことで、漢方の薬効メカニズムを現代科学で説明しようと試みています。

 

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