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薬の製造に関する全体像を把握し、 生産方法を設計するバイオ医薬品の生産プラットフォーム開発を目指して/ 鬼塚 正義 研究室

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大学院社会産業理工学研究部 生物資源産業学域 応用生命科学分野 准教授
鬼塚 正義(おにつか まさよし)研究室

とくtalk2026年冬号/取材2025年11月)

バイオ医薬品とは、微生物や動物細胞を利用して創られる薬で、主に点滴剤・注射剤として用いられています。現在、がんや難治性疾患の治療において注目が高まっています。
鬼塚研究室は、バイオ医薬品の生産性向上と品質管理の両方を研究する国内でも数少ない研究室です。「新しい薬を創ることと、その薬を安定して量産することとでは、必要とされる知識や技術が大きく異なる」と語る鬼塚先生。

たとえば抗体医薬品の場合、人工的に設計された抗体は、水に溶けにくい、濁りやすいなどの課題を抱えています。こうした性質は品質の劣化や副作用につながる可能性があるため、研究室では原因となる分子構造を特定し改良するとともに、抗体医薬品の生産細胞の開発、安定生産に必要な細胞培養条件についても検証し、効率的な生産システムの開発も進めます。 

鬼塚先生が「何をどう創るか」「プロセスはどうするか」「どう改良すればいいか」といった製造に関する全体像の把握を重視し、一連のプラットフォームの研究に注力する背景に、日本のバイオ医薬品参入の遅れがあります。

世界の製薬企業がバイオ医薬品へ戦略的に移行するなか、日本は大規模培養設備や製造プロセス技術への投資が遅れ、国内に優れた創薬の力があるにもかかわらず、開発した医薬品を商用規模で製造するための生産能力は国際的に見て不足しているといいます。

「国内でバイオ医薬品を安定的に生産できるようになれば、薬価の低減につながり、治療の選択肢も広がります。日本には創薬の研究者は多くいますが、生産や品質管理を専門とする研究者は少ないのが現状です。欧米では大学と企業が連携し、生産技術の知識を体系的に蓄積していますが、日本ではその基盤が十分とはいえず、人材育成が急務だといえます」と鬼塚先生は指摘します。鬼塚研究室ではエンジニアリング企業や分析機器メーカーなどとの共同研究を積極的に進め、企業が抱える実際の問題点とアカデミアの知見を結びつけることで、生産技術の高度化に寄与したいと考えています。こうしたことから共同研究先の企業関係者が訪れる機会が多く、社会人博士課程の学生やスタッフも比較的多いため、研究室は社会で働く環境に近い雰囲気。興味のある人はぜひ、研究室を訪ねてみてください。

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取材こぼれ話 実験に使うのはマウスではなく、ハムスター

バイオ医薬品や抗体の製造に用いられている細胞の多くは、ハムスターの卵巣由来の細胞なのだとか。この細胞に医薬品の遺伝子を導入することで、抗体や治療用タンパク質を生産する医薬品製造用細胞へと段階的に改良されているといいます。

実験にはマウスを使うイメージがありますが、バイオ医薬品の開発分野で、なぜハムスター由来の細胞が使われているのでしょうか?

「1950年代、細胞培養技術が発展し始めた当初、さまざまな生物の細胞が試されましたが、その中で偶然、ハムスターの細胞が非常に速く増殖することが見いだされました。これにより、医薬品とは直接関係のない基礎研究の分野で、ハムスター細胞が使われるようになります。
さらに1990年代になると、低分子医薬品に代わり、バイオ医薬品が主流になると予測した海外の製薬会社が、ハムスターの細胞を用いた医薬品の試作に成功し、その製品がアメリカで承認されました。先行事例が重視される医薬品業界では、この承認が決定的な転機となり、ハムスターの細胞が標準的な生産基盤として一気に普及しました。人由来の細胞よりも増殖が速いという点も、大きな利点です」。

こうした背景を踏まえ、研究室でもハムスターの細胞を用いた実験を行っています。その一つが、外部から遺伝子を導入する際に、染色体上の「決められた場所」にだけ正確に組み込む部位特異的遺伝子導入技術です。人工染色体上に遺伝子を集中的に配置することで、細胞の医薬品生産能力を大きく高めることが可能になるといいます。

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スマホだけじゃない!? バイオ医薬品分野も強いサムスン

現在、バイオ医薬品の大量生産において世界をリードしているのは、欧米、そして韓国です。特に注目すべきは、サムスンの躍進です。

家電やスマートフォンで知られるサムスン電子やサムスン物産が出資して2011年に設立した「サムスンバイオロジクス」は、世界最大級のバイオ医薬品受託製造・開発企業として中核的な存在となっています。

「韓国は2000年代初頭、いち早くバイオ医薬品がトレンドになると予測し、国家規模で巨大な培養設備への投資を行いました。一方、日本は『低分子医薬品(化学合成薬)で十分対応できる』という見通しを立てていました。しかしこれが外れ、バイオ医薬品が世界的に注目される中で、結果として同分野への投資が約20年遅れたと言われています」という鬼塚先生。

日本のバイオ医薬品開発の現状は、技術面では世界水準に追いついているそう。設備の数は限られているものの、個々の技術や関連メーカーの技術力は欧米などと比べ、遜色ない状況になったといいます。
今の課題は、実際に国内で製造した成功事例が少ないこと。
「医薬品製造は、過去の実績が重視されます。実例のない日本は安全性を理由に海外へ発注されるケースが多くなります。その結果、過剰なコストを求められることもあり、医薬品価格の高騰につながっています。こうした状況を打開するためには、国内での製造実績を積み重ね、人材を育成していくことが不可欠です」。

 「あなたの力が必要だ」の一言がきっかけで、動き出した研究人生

鬼塚先生が本格的にバイオ医薬品開発に関わるようになったのは、実はここ十年余りのことなのだとか。それ以前は医薬品とは直接関係のない、タンパク質そのものを対象とした基礎研究を行っていたといいます。

熱心に研究に打ち込んでいたものの、当時の指導教員からは「将来、大学や日本の研究機関でタンパク質研究を続けるのは難しい。諦めたほうがよい」と厳しい評価を受けていたといいます。

博士号を取得したものの、就職先は決まらず、将来、どうするのか決まらないまま、人材派遣会社に登録。派遣社員として期限付きで大阪大学のバイオ医薬品研究室で働くことになり、そこで初めてバイオ医薬品研究を知ったといいます。
その研究との出会いは「目から鱗」だったそうですが、この研究室の仕事も任期満了になれば、また別の仕事を探し、「どこか小さな会社にでも入れたらいいな」くらいに思っていたと振り返ります。
「そんなとき、経済産業省や企業、大学の先生などが集まった医薬品研究のチームが立ち上がりました。『オールジャパンでバイオ医薬品の研究をしよう!』という会に、私も参加させてもらうことになって。といっても隅っこで、ちょっと参加しているだけだったんですが、あるシニアの経済産業省の方が、私のような実績もない若い研究者に向かって、『これからは、あなたの力が日本にとって必要なんだ。この分野で、ぜひ力を尽くしてほしい』と、真剣に言ってくれたんです。その瞬間、心が震えました。このとき初めて『医薬品の分野に、力を注いでみよう』と思えた。あれが、すべての始まりでした」。

将来の進路を明確に描けないまま模索を続けていた中で、この出会いをきっかけに研究者としての道を本格的に歩み始めることになった鬼塚先生。
当時の感動を今も忘れず、その思いを原動力として研究に真摯に向き合い続けています。

 

DSC05306.JPG↑「バイオ医薬品生産のマイスターを育成する」、「バイオ医薬品生産を科学として捉え、未解決の課題に挑む」ことを目指して指導を行う鬼塚先生。しかし、細かな指示を出すよりは、学生を信じて見守る姿勢を大切にし、あまり口出しをせず、じっくり待つタイプ。研究室学生はそれぞれが関心を持ったテーマを選び、自らの研究として主体的に取り組んでおり、のびのびと研究に打ち込んでいます。

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