徳島大学が文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択され、フォトニクス健康フロンティア研究院(IPHF)を設立してから約1年。徳島大学が掲げた「創造的超高齢社会の実現」という壮大なビジョン達成に向けて、IPHFでは光工学、情報学、栄養学、免疫学という異なる分野の研究者が融合研究に取り組んでいます。本座談会では、各イニシアティブから4名の研究者が、それぞれの専門分野から見た創造的超高齢社会の未来像と、その実現に向けた研究への取組について語りました。(※敬称略)
(「とくtalk」2026年夏号掲載/取材2026年5月)
光・データ・栄養・免疫 4人の研究者によるクロストーク
井貫:本日ファシリテーターを務めます、研究支援・産官学連携センターの井貫と申します。 どうぞよろしくお願いいたします。さて、徳島大学は令和6年度に文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択されました。研究特区として「フォトニクス健康フロンティア研究院(IPHF)」を設立しております。徳島大学はJ-PEAKSの採択にあたり、「創造的超高齢社会の実現に資する研究大学へと発展する」ことを10年後のビジョンとして掲げております。さらに、徳島大学に集結した4つのイニシアティブの知の融合源泉として実現していくとしております。本日は IPHFのこの4つのイニシアティブから、お一人ずつ4人の先生にお越しいただきまして、「創造的超高齢社会の実現に向けて私たちができること」と題してお話しさせていただきたいと考えております。
創造的超高齢社会――――聞き慣れない言葉だと思いますが、皆様にも非常に身近な健康、医療、食、 AI テクノロジーなどに関わるテーマです。本日は「創造的超高齢社会」をテーマにお話を伺っていきます。まずは先生方に自己紹介をお願いしたいと思います。お名前とご専門、そして専門用語を使わずに、研究内容を教えていただければと思います。
矢野:ポスト LED フォトニクス研究所の矢野隆章と申します。私は、光を使った研究を専門にしています。大きく分けると、「見えないものを見えるようにする研究」と、「見えるものを見えなくする研究」の二つを行っています。
「見えるものを見えなくする」というと不思議に聞こえるかもしれませんが、例えば『ハリー・ポッター』に出てくる“透明マント”のようなイメージです。光の技術を使えば、理論的には透明マントを作ることも可能です。うちの子に話したら「自由研究で作ってみたい!」と言われたのですが、「できるけど、10億円くらいお金がかかるよ」と答えました(笑)。「見えるものを見えなくする」のはハードルが高いので、今私が力を入れているのは、「見えないものを見えるようにする」研究です。血液や唾液、呼気(息)に含まれるわずかな成分を、光を使って検出し、病気の兆候を早期に見つけようとしています。これにより「将来がんになる可能性がある」といった変化を、発症前の段階で捉えられるかもしれません。こうした技術によって、病気を早く見つけ、健康な状態を長く維持できる社会を実現することが、大きな目標です。
渡邊:情報科学イニシアティブの渡邊です。所属は医学部です。実は、私が徳島大学に着任したのは2024年12月で、まだ1年半ほどしか経っておらず、私がこの座談会に登壇して良いのか不安もありますが、本日はよろしくお願いいたします。
私の研究は、ヒトの大規模なデータを扱うことが中心です。例えば健康診断では、さまざまな検査項目がありますね。そうした医学的データを10万人規模で集め、「コーヒーを飲む習慣とがんのなりやすさには関係があるのか」といったように、日常の生活習慣と病気や健康状態との関連を見出す研究を行っています。
もともと私は、細胞が外界の環境変化にどう適応するかといった、細胞生物学の教科書のような基礎研究をしていました。例えば、ナメクジに塩をかけると縮むのと同じ「浸透圧」の原理で、細胞も高濃度の液体にさらされると縮みますが、その後また元に戻ろうとするので、この一連の分子メカニズムを解明しようと実験していました。こうした実験中心の研究は「ウェット研究」、先程のデータ解析のようなコンピューター上で行う研究は「ドライ研究」と呼ばれますが、両方を扱えることが私の強みだと考えています。つまりウェットとドライの両面から物事を見ることで、異分野融合研究の中でも多角的な視点を持つことができます。この強みを活かしつつ、たとえば、各個人をコンピューター上で再現・シミュレーションする「デジタルツイン」の実現に貢献することを目指しています。
井貫:「デジタルツイン」というのはコンピューター上のコピーロボットのようなものですか?
渡邊:「デジタルツイン」とは、数理モデルなどを用いてコンピューター上に“もう一人の自分”を動的に再現・シミュレーションする技術です。工学寄りの医学分野ではもはやバズワードのように大きな注目を集めており、実現すれば将来の医療を大きく変える技術として期待されています。
井貫:なるほど。後ほど詳しくお伺いできればと思います。続いて住友先生、お願いします。
住友:歯学部の口腔微生物学分野で教授をしております、住友と申します。栄養学イニシアティブのグループリーダーとして、感染症の研究を行っています。感染症といっても非常に幅広く、私たちは特に、高齢者に多い肺炎や髄膜炎に関わる細菌について研究しています。例えば、鼻や口、喉に普段から存在している細菌が、肺に入ると肺炎を起こし、脳に侵入すると髄膜炎を引き起こすことがあります。私たちの口の中には600種類以上もの細菌が住んでいますが、普段はそれらがすぐに病気を起こすわけではありません。むしろ口の環境を守る役割も担っています。にもかかわらず、高齢になると同じ細菌が病気の原因になることがあります。私たちは、「なぜ年齢を重ねるとそうした変化が起こるのか」という点に注目して研究しています。
井貫:住友先生は歯学部の所属で、栄養学イニシアティブの活動をされているのですね。
住友:はい。「栄養」「口の健康」「感染症」はとても深く関係しています。高齢になってもしっかり食べられること、そして口の中を健康に保つことは、体力の維持だけでなく、感染症から身を守る力にもつながります。他の先生方もお話しされていましたが、これからは単に寿命を延ばすだけでなく、「元気に長生きすること」がより重要になると思います。そうした未来につながる、少しワクワクするような研究を進めていきたいと考えています。よろしくお願いいたします。」
井貫:では最後に黒滝先生お願いいたします。
黒滝:黒滝です。今年1月に徳島大学に来たばかりで、ようやく徳島での生活にも慣れてきたところです。まだまだ分からないことも多いのですが、2026年度から本格的に研究をスタートしていきたいと思っています。本日はよろしくお願いいたします。
私の専門は免疫学です。免疫細胞というのは、体の中に侵入してきた細菌やウイルスから私たちを守ってくれる細胞ですが、非常に多くの種類があります。それぞれの細胞が役割分担をしながら協力して働き、異物を排除しているのですが、その仕組みがとても精巧で、美しいシステムだと感じています。
その中でも「さまざまな種類の免疫細胞が、体の中でどのように作られ、どのように反応するのか」を研究していて、その仕組みを理解するために注目しているのがDNAです。DNAというと、単なる遺伝情報のように思われがちですが、細胞の中で非常に複雑な構造を作っています。人の細胞一つひとつの中には、およそ2メートル分ものDNAが折りたたまれて収納されていますが、それは単に詰め込まれているわけではなく、きちんと意味のある構造を持っています。私は、そのDNAの構造が、免疫細胞が作られる時や、病原体に反応する時に、どのような役割を果たしているのかを明らかにしたいと考えています。
創造的超高齢社会とは 研究者たちが描く未来
井貫:ここからは、「創造的超高齢社会」について、もう少し深くお話を伺っていきたいと思います。先生方それぞれの分野から見て、どのような未来を思い描いているのか、そしてその未来に向けてどのように貢献したいと考えているのかをお聞かせいただければと思います。
矢野:先ほどお話したように、私は光を使って病気を見つける研究を進めています。現在は痛みや症状が出て初めて病院に行き、診断・治療を受けるのが一般的ですが、将来的には、病気が発症する前の「わずかな異変」を光で検知できるようになるかもしれません。ただその異変を見つけるだけでは不十分で、IPHFとして進めているような異分野融合により、その異変が今後どのように病気へ進行していくのかの予測や、渡邊先生がお話しされたようなデータ解析や予測研究と連携することで意味をなすと考えています。そうすることで現在の状態から10年後、20年後どうなっていくのかを見据えて生活できる社会になるのではないかと思います。
私はこれまでも宇宙生物学や地質学など異分野の研究者と数多くの共同研究をしてきました。そうした出会いの多くは、「面白そう」と感じたことがきっかけでした。異分野の人たちが交わることで、新しい研究が生まれていくことを期待しています。
渡邊:そもそも私は「創造的超高齢社会」の実現という言葉について、少し違和感を持っています。社会を“創造的”にする主役は研究者ではなく、実際に生活するプレーヤー、つまり住民一人ひとりであり、その方々が実際に高齢になってもアクティブに活動することで創造的な社会が形成されていくと考えています。よって私たち研究者の役割は、高齢者が元気に生活できる土台や選択肢をつくることだと思います。例えば徳島でも、高齢者の運転事故などが話題になりますが、ご本人は気づいていなくても、認知機能の低下が進んでいる場合があります。だからこそ健康寿命の延伸というのが、私たち研究者の目指すべき一つの目標になっていると思います。
そのためのアプローチのひとつが、先ほどお話しした「デジタルツイン」です。これは、もともと工学分野で生まれた概念で、ロケットのような現実世界の複雑なシステムを仮想空間上で再現・シミュレーションして、どこが壊れやすいかコンピューター上で予測して部品の管理などに活用する技術です。この考え方をヒトに応用し、コンピューター上で各個人の「双子(ツイン)」を作ろうというのが、医療分野のデジタルツインです。もしこれが実現すれば、薬の副作用や、将来どんな病気になりやすいかを事前にコンピューター上で予測できるようになり、診断や治療に活かすことが可能になります。現時点で期待が過剰先行しているだけでまだまだ発展途上ですが、10年後、20年後には、プロトタイプが実際の医療現場で活用され始める可能性があると思っています。私もこのような未来実現を見据え、完全なデジタルツインの実現に貢献していけるように基礎研究に取り組んでいます。
住友:私が考える創造的超高齢社会とは、「年を重ねても、自分の口でしっかり食べ、会話を楽しみながら、地域で暮らし続けられる社会」です。私が研究している肺炎や誤嚥性肺炎は、高齢者の命に大きく関わる病気です。現在、日本では肺炎が死因の上位にあり、老衰についても、肺炎をきっかけに体力が低下していくケースが多いと言われています。医療によって肺炎そのものは治せても、その後、元の生活に戻れず、徐々に弱ってしまうことも少なくありません。だからこそ、「なぜ高齢者は感染症が重症化しやすいのか」というメカニズムを明らかにし、予防や重症化を防ぐ方法につなげていきたいと考えています。元気に暮らせる時間が延びれば、80歳になってから新しいことを学び始めるなど、人生の可能性も広がっていくのではないでしょうか。
黒滝:私は「創造的超高齢社会」について、今回あらためて考える機会になりました。先生方がおっしゃったように、健康寿命を延ばし、長く活躍できる方を増やしていくことが大切なのだと思います。私の研究分野では、老化やがんと関わる「慢性炎症」に注目しています。慢性炎症とは、なかなか治らない炎症が長く続く状態のことで、加齢とともにさまざまな病気につながっていきます。しかし、そのメカニズムにはまだ分からないことが多く残されています。私は、細胞が老化した状態を記憶し、その状態を維持してしまうことで病気が進行するのではないかと考えています。そして、その背景にはDNAの構造や働きが関わっているのではないかと考え、研究を進めています。将来的には、細胞の「記憶」を書き換え、より良い状態へコントロールすることで、病気の発症そのものを抑えられるような研究に挑戦したいと思っています。今はまだ基礎研究の段階ですが、10年後、20年後に「あの研究が未来につながっていた」と思ってもらえるような成果を目指していきたいです。
▲参加した学生は、真剣なまなざしで話を聞きながら、研究者の言葉に深い関心を寄せている様子でした。後編では教授陣に学生からの質問にも回答いただきました。ぜひご覧下さい。
【登壇者紹介】
矢野 隆章(やの たかあき)教授:光工学イニシアティブ
専門は光を使った研究。光を用いて「見えないものを見えるようにする」技術を追求し、医療診断への応用(癌や認知症の早期予測)を研究しています。宇宙生物学や地質学者とも共同研究を行うなど、他分野との連携を通じた研究経験を豊富に有しています。
渡邊 謙吾(わたなべ けんご)教授:情報科学イニシアティブ
専門はデータ医科学や分子・システム生物学。ヒトの大規模データの解析(ドライ研究)だけでなく、実験中心の基礎研究(ウェット研究)を行えることが特徴です。病気になる以前の段階で「健康状態がどのように逸脱していくのか」を分子・システムレベルで解明するといった、病気よりも健康を中心に据えた基礎研究を展開し、科学的根拠に基づいた近未来の予測的(Predictive)・予防的(Preventive)・個別化(Personalized)・参加型(Participatory)の「P4医療」の実現に貢献することを目指しています。
住友 倫子(すみとも ともこ)教授:栄養学イニシアティブ
専門は口腔微生物学。高齢者の肺炎や髄膜炎などの感染症を専門とし、口腔内細菌が重症化するメカニズムを研究しています。歯科、栄養、感染症を統合した視点を持ち、「しっかり食べて口の中を健康に保つことが、最強の抵抗力になる」と説き、最期まで自分らしく暮らせる社会の実現を目指しています。
黒滝 大翼(くろたき だいすけ)教授:慢性炎症研究イニシアティブ
専門は免疫学。2026年1月に着任し、免疫細胞のメカニズムとDNA構造、そして「細胞の記憶」が慢性炎症や老化にどう関わるかを研究しています。細胞の状態を再プログラミングすることで、がんのような大きな病気の発症を未然に防ぐアプローチに挑戦しています。
■徳島大学×J-PEAKS
https://www.iphf.tokushima-u.ac.jp/




