単結晶グラフェン研究を行う希有な研究室 論文作成を推奨し、社会に必要とされるエンジニアを輩出/大野 恭秀 研究室

大学院社会産業理工学研究部 理工学域 物性デバイス分野 教授
大野 恭秀 (おおの やすひで)研究室
(とくtalk2025年秋号掲載/取材2025年7月)
炭素原子が六角形の格子状に並んだ、わずか原子1層分の厚さしかない「グラフェン」。大野先生の研究室では単結晶グラフェンの製作に取り組み、バイオセンサーなどのデバイス開発などを行っています。

グラフェンは炭素原子が平面上で六角形格子状に並んだ構造(ハニカム構造)をしており、厚さは炭素原子1つ分(0.335nm)。
「グラフェンって何?」と思った人もいるかもしれませんが、実は誰もが知る身近な素材。鉛筆の芯に使われる黒鉛が、グラフェンです。
「鉛筆の芯に使われている黒鉛は、グラフェンが何層も重なってできています。つまり、鉛筆で字を書くという行為は、紙の上にグラフェンをこすりつけて書いているのと同じ。決して特別な材料ではない」という大野先生。
「グラフェンは、おそらく宇宙空間の中で一番薄い材料です。これ以上薄いものは存在しません。六角形の構造が平面に並んでいて、炭素は元素周期表の14族(四属元素)の中で一番小さく、むちゃくちゃ電気が流れるんです。そもそもこれが発見された時は、こんなものが大気中に存在できるということ自体が信じられなかった材料でした。実際には非常に安定して存在し、電気をとても良く流すことができるので、これを使っていろいろなデバイスを作る研究をしています」。
例えば・・・と教えていただいたのは、スマホの透明電極です。現在、ほぼすべてのスマホにはITOというインジウムを使った透明電極が使われていますが、インジウムは貴重な金属、いわゆるレアメタルです。これに対してグラフェンは炭素なので、どこにでもあり、手に入りやすい材料です。さらにグラフェンはほぼ透明で1層だけという薄さながら、ほとんどの電磁波を透過します。電気も良く流れるので、透明電極としてサムスン電気(韓国の半導体や電子機器の世界的なメーカー)などが注目していて、特に折りたたみスマホなどへの応用が期待されています。
表面しかないグラフェンの特性をいかし、 溶液中でのセンサー応用に
大野先生はグラフェンの1層だけという薄さ、つまり「表面しかない」という特性に注目した研究を行っています。
「素材は必ず体積を持っていますが、グラフェンは表面しかないため、比表面積が非常に大きいんです。そのため表面に何かが付着すると、すぐに電気抵抗が変わる可能性があります。 厚みがある素材は表面に何かが付着しても、その下を電気が流れるのですが、グラフェンは厚みが全くないので、くっついたものの影響をそのまま受けます。この特性を活かして、センサーの研究をメインに行っています」。
グラフェンは薄いのに非常に強く、理論上はダイヤモンドより硬いのだとか。大気中で安定しているだけでなく、体液の中でも安定しているため、バイオセンサーなどへの応用に期待できるといいます。
「ガスセンサーは多くの研究者が取り組んでいますが、私自身はグラフェンの強さを活かして、溶液中でのセンサー応用に注目しています。血液は扱いが難しいので、唾液や尿、涙液などの中に病気のマーカーが出てくるのを検出するデバイスを作れないかと考えています」。
現在、生物資源産業学部や歯学部、医学系の人たちとの共同研究が進んでいて、学際融合分野として取り組んでいるそう。特定のものだけを捕まえる抗原抗体反応などを利用して、センサーとして機能させる研究をしていて、新型コロナウイルスの検出なども行っているといいます。
単結晶グラフェンを100%の歩留まりで作成し、 それを用いたデバイスも作成する
この研究室は日本で最初にグラフェン研究を始めた永瀬雅夫先生(2025年3月に退職)が立ち上げたもので、大野先生自身は2006年からグラフェン研究を行っているといいます。
当初、グラフェン研究をしている人は少なく、黒鉛をセロハンテープで剥がしてグラフェンを取り出していたといいます。
この方法で得られるグラフェンは非常に小さく、数ミクロン程度のサイズでした。
2006~2007年頃からより広い面積のグラフェンを作る動きが起こり、韓国などでは数十インチ大のものを作れるようになりましたが、それらは結晶性がひとつではなく、バラバラになっているものがほとんど。
そこで大野先生の研究室では単結晶の大きなグラフェンを作る研究に取り組んでいます。
「単結晶のグラフェンを作るには、SiC(シリコンカーバイド)という基板を使います。これはパワー半導体として三菱電機やロームが売り出しているものです。この基板を1700℃で5分程度、加熱します。SiCはシリコンと炭素でできていて、加熱するとシリコンが先に飛んでいき、炭素だけが残ります。残った炭素がグラフェンを形成するのです。 SiCの基板の構造が六角形なので、その上に形成されるグラフェンも六角形の構造を持ち、単結晶になります。我々の装置では1cm角程度のグラフェンが作れますが、通常は数ミクロン程度のものしか作れないので、それと比べると相当大きなものです」。
1cm角のグラフェンを作るのに要する時間は約3時間。大野先生の研究室では歩留まり100%で単結晶グラフェンを作ることができます。 さらにこのタイプのグラフェンを使ったデバイス作成も行っていて、こうした研究室はほとんどないのだとか。
「単結晶グラフェンを研究しているところが少ない理由のひとつは、SiC基板が高価なことです。シリコンの10倍~20倍くらいの価格です。また、SiCは比較的新しい素材で、まだ広く普及していません。さらに、グラフェンを作るための加熱条件も詳細に詰める必要があります。私が徳島大学へ来た5、6年前に全工程を見直したのですが、それまでは60%程度でした」。
企業の関心も高く、今後、グラフェンが主体となったさまざまなデバイスが世の中に出ていく可能性は大きいといいます。
研究室の方針として、論文を書くことを重視 エンジニアに必要とされる「まとめる能力」を磨く
研究室に所属する学生たちはバイオセンサー以外にも、トランジスタの作成など様々なテーマの研究を行っています。
「グラフェンは水が触れると発電するという現象があり、これを調べる研究もしています。この研究は特に中国が力を入れているのですが、単結晶グラフェンでこの現象を研究しているグループはあまりないので、どうなるのか楽しみなところです。また、集積回路の分野では、TSMCやIMECなどが次世代の技術を模索しているのですが、グラフェンのような薄い材料が注目されていて、電極として使える可能性があります。 他にはグラフェンを重ねて少し角度をずらすと超電導が起きるという現象も研究されています。ただ、これは低温での現象なので、私たちは主に室温で使えるものに焦点を当てています」。
研究室の方針として、大学院に進学した学生には論文を書くよう勧めていて、電気電子工学科(現:電気電子システムコース)の学生が出している論文の多くはこの研究室の学生が書いたものだそう。
「論文を書くことは、将来の実績になります。在学中に論文を書いておくと、社会に出てからも『ちゃんと研究していた』と思ってもらえるので、できる限り論文を書いてほしいと思っています。 査読も学生自身が対応して、それを通過すると大きな業績になります。 今、日本のエンジニアに必要とされているのは、何かをまとめる能力です。論文を1本書いたということは、あるテーマについて論理的にまとめる能力があることを示しています。そういう意味では、企業にとっても論文を書いた学生は、仕事を任せられる人材として信用がおける。実際、論文を書いた学生は就職後も活躍していることが多いです」。
研究成果を形にすることの重要性は単に学術的な貢献だけでなく、論理的思考力や成果をまとめる能力を養う重要な経験となり、将来のキャリアにも大きく役立つという大野先生。グラフェンの研究を通じて研究成果を形にすることは、学術的な意義にとどまらず、自分の考えを整理し表現する力を磨くことにつながります。
大野先生の研究室では、最先端のグラフェン研究に挑戦しながら、学生一人ひとりが成長し、未来を切り拓く確かな力を養っています。
徳島大学 大学院社会産業理工学研究部(理工学部理工学科電気電子システムコース)大野研究室(Ohno Lab.)のホームページ
https://graphene2.ee.tokushima-u.ac.jp/


