3月末「色々とお世話になりました」と言ってS講師はラボをあとにした。最後は、部屋の片付けでバタバタ状態。何とか段ボールに物を詰め込んだという感じだった。

私が、平成19年9月に実践栄養学分野に着任してまずやらなくてはならない仕事の一つとして「給食経営管理論」を担当する教員を探すことであった。栄養士法第11条には管理栄養士養成施設の指定基準が記されている。第11条4項 「基礎栄養学又は応用栄養学のいずれかの教育内容並びに栄養教育論、臨床栄養学、公衆栄養学及び給食経営管理論の教育内容を担当する教員については、それぞれ1人以上が専任であること」。同7項 「栄養教育論、臨床栄養学、公衆栄養学及び給食経営管理論を担当する専任の教員のうち、それぞれ1人以上は、管理栄養士又は管理栄養士と同等の知識及び経験を有するものであること」。岡山や名古屋の知り合いの先生に声をかけたが諾の返事は頂けなかった。学内の先生にも声をかけたが断られ、その時、こんな人もいますよと推薦を頂いたのがSさんであった。T教授にお願いに行くと、「Sさんか、先生のお目は高い」と褒められ(就職先を探すのが教授の仕事であるので、おべっかであることは分かっていたが)、平成20年4月より実践栄養学分野で一緒に働いてもらうことになった。Sさんは当時博士の大学院生だったので社会人大学院生に移し、研究に関しては学位取得まで当時のテーマを継続とした。学位論文ではSさんの所属分野教授である私の名前が入っていないのは如何なものかとT教授に抗議したが、返事は「時と場合による」の一点張りだった(現在は、研究に直接関わった人のみが論文に名を連ねると倫理教育で教えられている)。

今年も全学的な対面での卒業式は中止になり、その代わりに記念撮影用のパネルが設置された。せっかくなので、そのパネルの前でS講師の卒業記念の写真を教室員と共に撮影した。

ある日、医学部学生係長がトートバックとデジカメの落とし物の持ち主ではないかと実践栄養学分野に訪ねてきた。確認してみると、確かに私の持ち物だった。医学部卒業者の各賞授賞式に出席した時に大塚講堂に持って行った物だ。昨年、祝辞を述べたが、赤池医学部長や安井保健学教育部長の質及び内容において大きく劣り恥ずかしい思いをしたことを思い出す。今年は、赤池医学部長が、「皆さんは、新型コロナウイルス感染のため講義・実習・部活・日常生活等で非常に制限を受け理不尽な生活を強いられたと思います。理不尽といえば病気も同様で、病は必ずしも不摂生な生活をしている者だけでなく、むしろ普通の生活をしている人たちに生じる理不尽なものです」との導入話から、最後は外国の詩を持ち出し話を関連させ結んだ。とっさに考えた私の話はより陳腐に感じられる。しかし幸運な事に、今回の祝辞は医学部長と後援会会長の2名のみであった。ホッと胸をなでおろし、早々に会場をあとにした。その時に忘れていったものだ。忘れ物を受け取りふと思った。なぜ私だと分かったのか。学生係長はデジカメの写真には学生さんが沢山写っていたといっていたが。そういえば以前、選考方法自体の不備を学生係に(何度か)指摘したことがあった。ブラックリストに入れられたのか。

今年は、例年に比べ卒業される先生方が多い。

<令和3年2月9日:酒井>

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