文部科学大臣表彰科学技術賞の受賞 受賞課題;慢性炎症の病態解明とその克服を目指した研究

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大学院医歯薬学研究部生体防御医学分野 教授 安友 康二

 このたびは、文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を賜り大変光栄に思っております。関係の方々に、あらためて御礼申し上げます。
 今回の受賞対象となった研究は、「慢性炎症の病態解明とその克服を目指した研究」です。医学部だよりは、徳島大学の学生さん、保護者の皆様、医学部を志望されている高校生の皆さんも読まれるということで、下記に、できる限り平易な表現でその研究内容を記載いたします。
 「炎症」はローマ時代からその特徴が定義づけられた生体反応の一つで、医学用語ではありますが日常生活でも耳にする単語だろうと思います。炎症は病気の一つととらえられがちですが、本来は生体にとって必要な応答であり、炎症を誘導することによって微生物など体にとって不用な物質を排除する役割があります。しかし、過剰な炎症や不可逆性の線維化などが引き起こされた場合には、体にとって不必要な反応、つまり病気になる場合があります。炎症が不必要にかつ慢性的に持続する病態を慢性炎症と表現し、慢性炎症は膠原病、がん、糖尿病など様々な疾患の素地や進展因子になることが分かっています。それでは、正常応答としての炎症と、異常な炎症の違いを決めている因子は何でしょうか?異常な炎症が引き起こされた場合に、それがどうして慢性的に持続する場合があるのでしょうか?異常な炎症応答を引き起こしているどの経路を制御すれば、膠原病、がん、糖尿病などの疾患発症を抑制できるのでしょうか?残念ながら、そのような問いに対して、未だに明確な回答が得られていないのが現状です。そこで、私たちはヒトの炎症病態を引き起こすことに関与する遺伝子群を見出すことができれば、それらの問いの解決に繋がると考え、遺伝性炎症性疾患の原因遺伝子を見出す研究を行ってきました。さらに、私たちは、原因となる遺伝子の異常がどのように炎症病態に関わるかについて、動物モデルを樹立することにより詳細な解析を進めています。その結果、これまでに未発表も含めると、7 種類の原因遺伝子を同定することに成功しています。一つだけ例を挙げますと、発熱、脂肪組織の炎症、部分的な脂肪萎縮、肝臓・脾臓の腫大、などを特徴とする原因不明の炎症性疾患の原因遺伝子としてPSMB8 を発見しました。PSMB8 の異常によって細胞内の不用なタンパク質を除去する役割を持つプロテアソームが機能低下し、その結果として全身に炎症病態が持続することが明らかになりました。我々の発見前から、プロテアソームの細胞における機能はよくわかっていたのですが、その異常がこのような多彩な疾患を引き起こしているということは全く想定されておらず、その発見から炎症を引き起こすこれまで知られていなかった経路が明らかになりました。この病気は我々の発見を契機として、世界中から同様の症状を呈する症例が報告され、現在はPRAAS という疾患名がつけられて、疾患概念が確立しています。遺伝性疾患は極めて稀少ではありますが、一つの遺伝子の異常によって疾患が発症することから、その原因遺伝子の同定研究は、遺伝子と病気の関係性に対して極めて明確な回答を与えてくれます。また、遺伝子性疾患の原因遺伝子同定研究は、PRAAS の発見に代表されるように、細胞レベルの研究や動物モデルの研究からは推定できなかった、特定の分子の疾患における役割を明らかにすることにも繋がることがあります。今回の受賞は、これらの一連の成果を評価していただきました。
 新型コロナウイルスのパンデミックによって、医学研究体制の脆弱性が顕在化したと同時に、mRNA ワクチンの開発により基礎医学研究の重要性も再認識されました。我々も、免疫学者として研究のあり方を再考する機会になりました。研究の主題について大きく方向を変えるわけではありませんが、我々の研究グループでは、今回の受賞を一つの契機として、「慢性炎症」および「免疫学」という研究領域において、よりいっそう重要な研究課題、そして解決が難しいと思われている課題に取り組んでいこうとしています。そして、そのような基礎医学研究の成果を、疾患の本質的な理解とその克服に結びつけたいと考えています。

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