社会への貢献

2016年2月24日

2月から新卒論生が研究室に配属になった。最初はみんな緊張してか、終始静かに1日を過ごす。大体学生さんはお菓子が好きなので、学生さんとローソンや生協に買い物に行き、どのくらいのスピードで減っていくのか観察をしている(これとは関係ないが、変化を観察し、そこからある法則を導くのも歴とした研究だと思う)。ある年は、1ヶ月間ほとんどお菓子に手がつけられなく、また一緒に食事をしても会話がなくビールを飲んでいるのは私1人だけの年もあった。最初は心配したが、徐々に慣れてお菓子の消費量は指数的に増加し(誇張表現)、途中からは何か言うと反抗的な言葉を発する者がいる学年もあった。と思えば、最初から普通のペースでお菓子が減り、普通のペースで研究を進めるマイペースの学年。今年は、どっちだ。


最近、机付近を見回すと中途半端なものばかりが目立つ。書きかけの論文、読みかけの論文、蔵本で開催される国際シンポの白紙のプレゼン資料、なりより研究指導。ここしばらく外に出かけたり、学内の会議でなかなかまとまった時間がとれない(これが本当なら、到底こんな文書を書いている時間はないはずだが)。臨地実習のお願いに徳島市内の中学校を自転車で回っていたら降水確率20%のはずなのに土砂降りに近い雨に降られ、ずぶ濡れになってしまった。次の日にお邪魔する予定の学校へのお土産品も雨に打たれ包みがボロボロになり、中身は学生のおやつとなってしまった。雨はその後小降りとなり、一番ひどい時に自転車で移動していたことになる。次の日に寒い中、雨に降られ大変だったとMさんに話すと、「でも5時くらいには雨は止んでました。」日頃の行いが悪いのであろう。その後、徳島市の教育委員会から徳島市内での実習は難しいとの連絡を受け、お願いの学校回りは本来の目的を達することが出来なくなってしまった。先日の謝恩会のスピーチの後半で、社会への貢献の話をいれてみた。私自身も奨学金を受けていたし、国からの税金のおかげで徳島大学を卒業し、そして就職することができた。だから社会人になったら社会、私の場合は主として学生の育成や社会に貢献をしなくてはいけない。学生のために雨に打たれながら自転車で奔走することくらいで文句をいってはならない。


昨年、栄養教諭を目指している学生さんがいた。病院への就職が決まっていたが、地元での栄養教諭の募集がでているので応募するといってきた。仕事をしながら受験の準備をする大変さを色々と諭したが、受験する気持ちは変わらないという。一生懸命になれることの大切さを示す(他人から聞いた)話をしてあげた。しばらくして、学生さんたちがいる部屋の近くを通りかかってみると、さっき一生懸命の大切を説いてあげた学生が寝ていたので、「さっきの話忘れたのか!」と注意をした。あとで聞いたのだが、本当に私が通りかかる直前までは一生懸命に勉強をしていたのだとMさんが言っていた(どこにもこのような運の悪い人はいるのだが)。次の年、「Hどうなった?」と大学院生に聞いてみると、「確認しておきます」とのこと。2,3日後、「先生、Hさん、栄養教諭の試験、合格したといっていました。」。がむしゃらにがんばるタイプには見えなかったが、仕事が終わったあと可成り勉強したのだろう。何よりも自分は栄養教諭として生徒に接したいという気持ちが、モチベーションに繫がったのであろう。やはり自分が目指すもの(夢はかなう確率が極めて小さいことなのであえて使用はしない)をもつことは重要だ。栄養の大切さをわかり実践できる生徒を育てて社会に貢献してほしい。ちなみに一回に買うお菓子の代金で最も高かったのは彼女だった。

 

<2016年2月24日:酒井>

 

shakai_kouken.jpg