中村 修二君のノーベル賞受賞について                           徳島大学名誉教授 福井 萬壽夫先生

 

 

福井 萬壽夫名誉教授

 初めに、教え子の中村君がノーベル賞を受賞した事を祝福したいと思います。

 中村君は、徳島大学工学部電子工学科の2年次から私の講義を受け、4年次には私が助教授として所属していました多田修教授の研究室に配属されました。また、中村君は青色発光ダイオードの研究によって徳島大学から博士号の学位が授与されていますが、その際の主査を私が担当しました。これらの点も踏まえて受賞に際してのコメントを述べさせて頂きます。青色発光ダイオード研究開発に中村君を含めて多くの方々が関わり、そこで生まれた総合力の結果が青色発光ダイオードの開発成功に繋がり今回の受賞になったのだと思います。

 第一に、中村君の技術開発を進める際の並外れた忍耐力と優れた洞察力と創造力が技術イノーベーションを引き起こしたのだと思っています。大学では、やりたい事とやりたくない事がはっきりしていた学生だったと思います。試験でも思考力を必要とする問題には成績が良好でしたが、記憶力に基づく解答を要求する問題には取り組む気がないような答案でした。研究室に入ってからは学問における色々な事柄を自分なりの解釈で理解しようとする姿勢が印象的でした。

 第二に、日亜化学の経営陣と技術者の貢献です。青色発光ダイオードを実用できるレベルにするための技術開発にはいくつものブレークスルーが必要でしたが、それを成し遂げるために日亜の技術者は深く関わり、次々と関門をクリアしていきました。

さらにそれらの技術の積み上げの下に商用ベースに青色発光ダイオードを乗せる状況にしたのは経営陣の先見性と決断があったからだと思っています。中村君が去った日亜化学が発光ダイオードや半導体レーザー開発で依然として世界をリードしている事からもその事がわかります。

 第三に、徳島大学工学部が力を入れてきた「ものつくり教育」の一つの結果だと思います。中村君は多田修名誉教授を中心とした徹底した「ものつくり教育」と材料の本質を知る教育を受けました。中村君は、大学、大学院レベルでは徳島大学での教育しか受けていませんが、その教育が地方の中小企業の技術開発への大きな貢献に結び付いた事は徳島大学工学部教員の地道な努力の結果だと思います。青色発光ダイオードの実用化が多くの俊秀の集まる大企業に先駆けて地方の中小企業によって達成された事は「地方創生」の鍵にもなりうると思います。また、日亜化学には多くの徳島大学出身の技術者がいますが、彼ら、彼女らが発光ダイオードや半導体レーザーの更なる進化に大きな貢献をしていることも事実です。

第四に、青色発光ダイオードを実用化できたのは、同時受賞された赤崎先生の青色発光ダイオードの研究に因る所が多いと思います。赤崎先生の指導者である有住徹弥先生は私の大学院時代の指導教授でもありますので、赤崎先生の受賞は二重の喜びです。

中村君の受賞は、中村君と日亜化学経営陣・技術者の総合力によるものと思っています。中村君には人間力を磨くと共に今後も科学・技術の世界で革新的な成果を発信してくれることを期待したいと思います。

以上、中村君のノーベル賞受賞を喜び、祝福し、今回の受賞の背景を私の視点から述べさせて頂きました。    

 

平成26107

徳島大学名誉教授 福井 萬壽夫

 

 

                                                                            

中村 修二教授 フロリダ大学時代のお写真                       

 
 

フロリダ1(1989年2月)

 ▲中村教授は、フロリダ大学でMOCVD法を学ぶために1年間滞在されていました。一番右側が中村教授です。フロリダ大学キャンパス内にて。

 

 

 

  フロリダ2(1989年2月)

 ▲中村教授は、フロリダから帰国後MOCVD法を使って窒化物半導体の研究を始めました。同じくフロリダ大学キャンパス内にて。

 

 

 

   フロリダ3(1989年2月)

 ▲「中村君は窒化物半導体の研究を続け1993年に量産できる青色発光ダイオードの作成に成功しましたので、フロリダ大学は青色発光ダイオード開発の

   原点とも言える場所です。」(話:福井 萬壽夫先生)

 

 

写真・情報提供:福井 萬壽夫先生