【研究成果報告】肺腺がんの早期から不活性化される新規がん抑制遺伝子の発見

2016年12月12日
報告者

大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 准教授 増田清士

 

研究タイトル

肺腺がんの早期から不活性化される新規がん抑制遺伝子の発見

 

研究経緯等

【研究グループ】

  • 徳島大学大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 井本逸勢
  • 徳島大学大学院医歯薬学研究部 胸部・内分泌・腫瘍外科学分野 丹黒章

 

【研究経緯】

肺腺がんは日本人の肺がんのなかで最も発生頻度が高く、年々増加しています。新しい治療薬の開発によって、以前に比べて治療成績は向上していますが、いまだ充分なものとは言えません。また、初期症状も乏しいことから、早期診断に結びつく分子マーカーの開発が望まれています。この度、徳島大学大学院医歯薬学研究部の井本逸勢教授、増田清士准教授(人類遺伝学分野)、丹黒章教授、梶浦耕一郎助教(胸部・内分泌・腫瘍外科学分野)らの研究グループは、喫煙者・非喫煙者にかかわらず高頻度に発症する肺腺がんの発がん・進展に新たながん抑制遺伝子TRIM58の不活性化が関与していることを見いだしました。TRIM58は、喫煙の有無に関係なくがんの早期からDNAメチル化という仕組みで働かなくなっており、本研究成果は、この遺伝子変化を標的にした肺腺がんの早期診断や新規治療法開発への応用が期待されます。

 

【学術誌等への掲載状況】

Frequent silencing of the candidate tumor suppressor TRIM58 by promoter methylation in early-stage lung adenocarcinoma. Koichiro Kajiura, Kiyoshi Masuda, Takuya Naruto, Tomohiro Kohmoto, Miki Watanabe, Mitsuhiro Tsuboi, Hiromitsu Takizawa, Kazuya Kondo, Akira Tangoku, Issei Imoto. Oncotarget. 2016 Dec 1.

 

研究概要

【研究の背景】

肺腺がんは早期発見が難しいだけでなく、進行が速く、周囲のリンパ節や遠隔転移がおきやすいため、これまで予後が悪いことが知られていました。最近では、早期診断、手術方法、抗がん剤治療の進歩により生存率が向上していますが、充分なものとは言えません。また最近になって、大腸がんや乳がんなどに用いられているような分子標的薬が登場しましたが、その対象となる患者は限られており、新たな診断マーカーや治療標的の開発が望まれています。

DNAメチル化は、DNAに保存されている遺伝情報の読み出しを抑制する仕組みで、発生や体内の恒常性を維持する重要な分子機構を担っています。このDNAメチル化に異常をきたすと、がんや代謝疾患、免疫疾患、精神疾患などの様々な病気の原因となることが知られています。特にがん細胞では様々な癌抑制遺伝子の不活性化にDNAメチル化異常が関与していることから、これを詳しく調べることで有望な診断や治療標的の発見につながると考えられていますが、その詳細はよくわかっていませんでした。

 

【結果の概要】

本研究グループは、肺腺がん手術組織を用いた解析から、喫煙者・非喫煙者にかかわらず早期にDNAメチル化がおこり、肺腺がんで特異的に不活性化されている遺伝子を複数見いだしました。さらに公共データベース情報やがん細胞を用いた検証を行い、これらの遺伝子の中からDNAメチル化によって不活性化される新たながん抑制遺伝子としてTRIM58を同定しました(図1)。検討を行った全ての肺腺がん組織内でTRIM58遺伝子上流のDNAにメチル化が起こっており(図2)、これによりTRIM58遺伝子発現が低下していることを確認しました(図3)。

 

図1 

図2

 

図3

図4

 

 

そこでTRIM58を高発現している肺腺がん細胞株を作製し、解析を進めたところ、TRIM58はがん細胞の増殖や腫瘍の形成を抑制することを明らかにしました(図4)。一方TRIM58の機能部位に変異を導入すると、このがん抑制機能が不活性化されることも確認しました。TRIM58によるがん抑制機構の詳細を明らかにするために、TRIM58を高発現する細胞内の遺伝子発現を調べたところ、細胞間や細胞と間質の間の結合を調節する遺伝子群の量が変化していました。がん発生初期に組織構造が崩壊することが知られており、がん初期におけるTRIM58の不活性化がこれらの一因であることが考えられます。

 

今後の展望(研究者からのコメント)

今回の結果から、TRIM58は喫煙の有無にかかわらず、がんの早期からDNAメチル化によって不活性化されることが示されました。このことは、この遺伝子変化が肺腺がんの早期診断マーカーになりうることを示しています。また癌細胞特異的にTRIM58の発現を誘導することで、肺腺がんの進行を効果的に抑制できる可能性があります。TRIM58の不活性化はほとんどの肺腺がんで共通していることが考えられ、今回明らかにしたがん抑制機構を標的とした新薬は広範囲の肺腺がん患者に効果が期待されます。今後研究グループでは、TRIM58を指標とした早期診断法の確立を目指すと共に、TRIM58の細胞内機能を特異的に制御する分子を特定することで、肺腺がんに有効な治療薬の開発を進めていきます。