【研究成果報告】昆虫の変態を制御する仕組みをコオロギで解明

2016年5月12日
報告者

大学院生物資源産業学研究部生体分子機能学分野 助教 石丸善康

大学院生物資源産業学研究部生体分子機能学分野 准教授 三戸太郎

 

研究タイトル

昆虫の変態を制御する仕組みをコオロギで解明

 

研究グループ

大学院生物資源産業学研究部生体分子機能学分野 准教授 三戸太郎

 

研究経緯

徳島大学大学院生物資源産業学研究部生体分子機能学分野の 石丸善康助教と三戸太郎准教授らの研究グループは、コオロギを用いて、昆虫の変態抑制や性成熟、寿命など多彩な生現象の制御に関わる幼若ホルモン(JH)の生合成経路に新機構を明らかにしました。これまで昆虫生理学の大きな謎であった「JH合成の抑制機構」が初めて明らかとなり、TGF-βシグナルによる制御機構が昆虫の変態システムに必須なスイッチとして機能することを見出しました。なお、この研究成果は、5月2日付けで米国科学アカデミー紀要 (Proc. Natl. Acad.Sci. USA)のオンライン速報版(Early Edition)に掲載されました。

 

  • 掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  • 論文題目:TGF-β signaling in insects regulates metamorphosis via juvenile hormone biosynthesis
  • 論文著者:Yoshiyasu Ishimaru, Sayuri Tomonari, Yuji Matsuoka, Takahito Watanabe, Katsuyuki Miyawaki, Tetsuya Bando, Kenji Tomioka, Hideyo Ohuchi, Sumihare Noji, and Taro Mito

 

研究概要

[研究の背景]

幼若ホルモン(JH)は、昆虫の変態抑制、体サイズ決定、形態形成、休眠、性成熟、寿命などあらゆる過程で多彩な生理現象の制御に関わる重要なホルモンで、脳の後部にあるアラタ体で合成、分泌されます。多くの昆虫の若齢幼虫期体内には高濃度のJHが存在しており、変態を抑制しながら幼虫脱皮を繰り返して幼虫の成長を促進するのに対し、それぞれの種の終齢幼虫に固有の大きさに達するとJH濃度が著しく減少するため成虫への変態に至ります。このことは、周知の事実ですが、アラタ体においてJH生合成がどのような機構で抑制または停止するかは、これまでほとんど明らかになっていませんでした。JHの生合成過程は前期経路と後期経路に分けられ、後期経路で機能するメチルトランスフェラーゼ(S-アデノシルメチオニン依存性メチルトランスフェラーゼ:JHAMT)がJH合成に重要であることが知られています。jhamtの発現はJH合成と相関しており、jhamtの発現低下に伴い体液中のJHレベルが著しく減少します。そのため、jhamtの発現調節機構が昆虫の変態に必須と考えられます。

 

[結果の概要]

本研究グループは、コオロギ若齢幼虫を用いて、Dpp/Gbbシグナル経路(リガンド(Dpp/Gbb)、レセプター(Tkv)、伝達因子(Mad))の RNAiノックダウン実験により、jhamtの発現減少によるJH濃度の低下が要因で、体サイズが矮小化したまま早熟変態に至ることを見出しました(図1)。つまり、若齢幼虫の段階でDpp/Gbbシグナルを介してjhamt転写の上昇を引き起こし、JH合成を正(ON)に制御することで、生殖能力を欠く成虫への早熟変態を抑制していることが明らかとなりました。

一方、他のTGF-βファミリーであるMyoglianinシグナル経路(リガンド(Myoglianin)、レセプター(Baboon)、伝達因子(Smox)) のRNAi解析の結果、Dpp/Gbbシグナルとは異なり、jhamt発現とJH量の増加に伴った過剰脱皮による若齢幼虫型の長期維持と(図1)、最終的に巨大な成虫が誘導されることを見出しました。アラタ体におけるmyoglianinの発現はjhamtの発現変動と相関しており(図2)、jhamt発現をONに制御するDpp/Gbbシグナルに対して、Myoglianinシグナルが負(OFF)の抑制作用として機能することが明らかになりました(図3)。

この研究結果から、jhamt発現抑制の分子機構に含まれるMyoglianinシグナルが、終齢幼虫においてJH合成を停止することで変態、成虫化に必須であることがわかりました。なお、本研究成果は徳島大学と岡山大学との共同研究によるものです。

 

図1 コオロギ若齢幼虫におけるMyoglianinとDpp/Gbbシグナル関連因子RNAiのJH量と変態に及ぼす影響
図1 コオロギ若齢幼虫におけるMyoglianinとDpp/Gbbシグナル関連因子RNAiの
JH量と変態に及ぼす影響

 

コントロール(正常)幼虫

JH量の変動が各齢において確認され、終齢幼虫では著しく減少する(青色)。

Myoglianinシグナル関連因子RNAiの結果(赤色)

表現型;若齢幼虫の過剰脱皮が生じる。

JH量;増加する。

Dpp/Gbbシグナル関連因子RNAiの結果(緑色)

表現型;早熟変態を引き起こす。

JH量;減少する。

図2 コオロギにおけるmyoglianin及びjhamt遺伝子発現とJH量の相関
図2 コオロギにおけるmyoglianin及びjhamt遺伝子発現とJH量の相関

 

  • (A) qPCRによるGb’jhamtの発現解析。
  • (B) qPCRによるGb’myoglianin (Gb’myo)の発現解析。
  • (C) LC-MSによる体液中のJHⅢ量の解析。
  • (D) Gb’myoとGb’mad RNAiが及ぼすJHⅢ量の変化。

 

図3 アラタ体細胞におけるjhamt発現制御に関するDpp/Gbb及びMyoglianinシグナル経路
図3 アラタ体細胞におけるjhamt発現制御に関するDpp/Gbb及びMyoglianinシグナル経路

 

jhamtの発現がDpp/Gbb/Tkv/Mad(青色)シグナル経路により誘導されるのに対して、Myoglianin/Babo/Smox(ピンク)シグナル経路が抑制的に機能する。その後、発現したJHAMTによりJHが活性型となり、アラタ体細胞から体内に分泌される。

 

今後の展望

今回の結果から、若齢幼虫の段階で早熟変態を防ぐために、 Dpp/Gbbシグナルを介してjhamt転写の上昇を引き起こし、JH合成を刺激するとともに、Myoglianinシグナルが昆虫変態、成虫化のスイッチとして機能することが示されました。今回明らかにした分子機構は、昆虫間で共通するJHの変態抑制作用に関係すると考えられ、Myoglianin を標的とした新規の害虫駆除剤(昆虫成長阻害剤)の開発が期待されます。一方、これらの分子は節足動物に共通であるため、過剰脱皮を誘発して巨大化を引き起こす成長促進剤の開発にもつながるのではないかと考えられ、今後、食料・飼料生産への応用を目的として昆虫類、甲殻類での検証を進めていきます。さらに近年、Myoglianinの脊椎動物相同遺伝子GDF8/11が、アンチエイジング(若返り)因子として世界中で注目されていますが、多岐にわたるメカニズムの詳細は未だ不明であり、その解明にも貢献していきたいと考えています。