最先端研究探訪 (とくtalk158号 平成27年1月号より)

2015年1月28日

人類遺伝学は医学の未来に架ける橋
現代医学に必要とされる研究

人類遺伝学を標榜する研究室は、日本では全国にもまだわずかですが、欧米では多くの医学部で開設されています。徳島大学では、先代(第3代)教授である故中堀豊(なかほりゆたか)先生が、医学部医学科の基礎医学分野の一つとして全国でもいち早く標榜され、井本先生により研究が継承されています。

人類遺伝学という言葉自体なじみがないかもしれません。それは日本人にはいわゆる遺伝病が少ないために、社会での認知度が低く、教育カリキュラムも未整備であるからだそうで、研究者もまだ少ないのです。

人類遺伝学(HumanGenetics)はその名の通りヒトを対象とした遺伝学ですが、研究範囲は遺伝医学・分子遺伝学・集団遺伝学・生物統計学や情報学など幅広いものです。

これまで医療は疾患(病気)を中心に、その原因を探ったり治療法や薬を研究開発していました。しかし同じ病名であっても状態は個々人で微妙に違っており、また治療に対する反応性や副作用も違います。このため、同じ名前の病気だからといって同じ治療や薬を用いることがベストではありません。個人差による治療の効果を細かく観察することは難しいことです。

そこで注目され始めたのが遺伝子による研究です。コンピュータの進歩により大量の情報処理が可能になったことと、ゲノム暗号の解読の速度と精度が飛躍的に向上してコストが下がり個人のゲノム情報の取得が容易になっています。これが遺伝情報の解読を一気に加速させ、個人差の遺伝的理解が進んで、治療効果や副作用の予測なども一部は可能な時代になっています。

人類遺伝学分野の疾患ゲノム研究

研究対象とアプローチ法


 

オーダーメイド医療に欠かせない研究
オーダーメイド医療に欠かせない研究01
オーダーメイド医療に欠かせない研究02

遺伝病にかかわらず、現代は遺伝子の情報や知識を抜きにしては医学は語れません。近年、臨床の現場では「オーダーメイド医療」(注1)と呼ばれる、患者様ひとりひとりの遺伝子的要素や体質に応じて、最適な治療方法や薬を処方するという対応の必要性が高まっています。そこで人類遺伝学研究と臨床医学の連携が注目されているのです。
「遺伝子解析や遺伝学と医療現場の橋渡し役になればうれしいです」
と、井本先生。最初はなかなか理解されませんでしたが、今では幅広い医療分野でアドバイスを求められたり、研究成果や情報を共有したりと、人類遺伝学の存在が認知されてきています。

先生自身、患者様の要望があれば、臨床の現場で遺伝カウンセリングをしています。特に、最近可能になった、母体血を用いた胎児の染色体異常に対する出生前診断など、出産となると不安になるのもやむを得ないことで、相談が増えてきます。遺伝や遺伝子に縛られるのではなく、
「遺伝というと、まるで親から子へ伝染病のようにうつると誤解している人もいますが、遺伝病の本質は遺伝子や染色体で起こった先天的な変化が原因になった病気ということであって、伝わるかどうかは、原因によって異なります。でも目に見えないものですから不安はあります。正しい知識や情報で、遺伝病や遺伝というものを理解して、自分や家族がどのように考え行動できるか、不安なく向き合っていけるように一緒に考えています」


 

健康維持、病気予防のための研究
健康維持、病気予防のための研究01
健康維持、病気予防のための研究02

先生の研究室では最先端の実験機器を導入し、SNP(注2)やゲノム構造の大規模な解析を目的とした技術の開発や基盤整備も行ってきました。最近では、徳島大学の疾患プロテオゲノム研究センターに導入されている次世代シーケンサーという塩基配列の高速解読装置も活用しています。これらにより、1つの変化で生じる遺伝病の原因遺伝子をみつける以外にも、体質に関連するSNPなどの解析も行っています。

遺伝子はわずか4種類の塩基の配列で出来ていますが、これが300~1000個に1個の割合で個人ごとに違っていて、体質に影響しています。そのために同じ薬や治療でも、人によって、その効果やその効果や副作用などが違ってくるとされています。

このようなSNPの意味を探る目的では、現在は、ゲノムワイド関連解析(GWAS)(注3)という手法を利用して、いくつかの原因が複雑にからまることによる疾患(複合疾患)の発症について研究しています。

病気は治療よりも予防できることが理想です。健康を維持していけることが大事です。
「遺伝子の研究で、これまで予測できない病気を予測したり、リスクの高い人を見つけてより早くから検診を受けてもらうことで病気を早く発見したりといった、個人に合わせた病気の早期発見や予防のアドバイスが出来たら」
と、先生は他の分野の研究者とも幅広く交流しながら、果てしない医学研究の道を歩み続けています。


 

※注1. 個々人の個性にかなった医療を行うこと。オーダーメイドは和製英語である。他にテーラーメード医療、個別化医療、カスタムメード医療などの呼び方もある。

※注2. SNPはシングル・ヌクレオチド・ポリモルフィズムの略称で、日本語では一塩基多型(いちえんきたけい)と呼ばれる。ヒトそれぞれの遺伝子情報(塩基配列)にわずかに相違があること。

※注3. 2003年のヒトゲノム配列の解読によって、遺伝子の全体像は明らかになったが、30億塩基という遺伝暗号の持つ意味の全貌の解明はまだまだである。遺伝子はほとんどのヒトが同じであるが、SNP(注2)により数百箇所に一箇所、1000万箇所程度、異なる部分があることが分かっている。例えばある特徴のある人とない人の間で、特定のSNPの違いがないかどうかを数十万カ所以上の単位で解析する方法がゲノムワイド関連解析(Genome wide Association Study)

 

 井本 逸勢( いもと いっせい )のプロフィール
井本 逸勢
  • 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部
  • 人類遺伝学分野(医学系) 教授

[取材] 158号(平成27年1月号より)