最先端研究探訪 (とくtalk126号 平成19年1月号より)

2008年7月16日

大学院ソシオテクノサイエンス研究部 生命機能工学
金品 昌志 かねしな しょうじ

 

生命の秘密を探る未知の世界へ

 

高圧力の中で生きる秘密

高い山に登ったり、海底深く潜らないかぎり、私たちは通常の生活では1気圧前後の圧力を受けて生活しています。ジュール・ベルヌ原作の「海底二万哩(マイル)」というSF小説があります。そこは数百気圧以上という、普通の生物ならつぶれてしまうようなとてつもない高圧力の世界です。

現在ではもっと深い海底の探索も行われており、たくさんの生物が存在していることはよく知られていて、空想の世界ではありません。が、宇宙開発に比べて、身近にある海の研究はまだまだ進んでいないのが現状です。深海の生物は進化に取り残され、生命誕生の秘密を持っているといわれているのにです。

金品先生は5千、6千気圧という高圧力の元で、生物がどのような影響を受けているのかということを細胞レベルで研究しています。深海の生物の研究は多くの機関で行われていますが、細胞レベルでの研究は世界でも珍しいそうです。

 


金品昌志氏

 

高圧力と細胞との関係

金品先生が「圧力」に興味を持ったのは、麻酔のメカニズムから。麻酔をした実験動物に100から150気圧の圧力をかけると麻酔から覚めてしまう、という現象はすでに50年ほど前、アメリカのプリンストン大学で、オタマジャクシを使った実験により発見されています。これを「圧拮抗(あつきっこう)現象」と言いますが、これは麻酔薬が神経細胞膜に作用するためと考えられています。

細胞膜に圧力をかけることにより、構造が変化し、分子の働きがわかってきます。しかし細胞膜は脂質の他、タンパク質や糖が複合したものであり、その分子構造は多種多様で、全てが解明されるにはまだまだ時間がかかりそうです。

先生の研究室では人工的に作られたモデル膜を使って圧力実験をしていますが、その研究は深海生物にも生かされ、圧力に対してデリケートな生体膜(細胞膜)がどのように環境に適応して、高圧の深海でも生きていられるのか、その機能を探っています。

圧力装置は高価で、しかも先生の実験に適した既製品がないため、研究室の装置はほとんどが既製品に手を加えたり改良した手作りで、3千から5千気圧までかけることが可能です。

 

高圧力実用化への道

「生命科学の基礎となる研究ですから、今日明日に成果が出て何かに応用されるというものではありませんが、細胞膜の構造やコレステロールとの関係、膜タンパク質の働きなど、いろんなことがわかってきています。通常の気圧での研究はすでにスタートしているのです。そこで高圧力と生物とのからみが私たちの研究によって明らかになってくるでしょう」

実はこの高圧力は食品の殺菌などにすでに応用されています。ほとんどの微生物は5千気圧ほどで死滅してしまうからです。殺菌には熱処理という方法もありますが、栄養素の中には熱分解するものがあります。圧力殺菌では栄養素が壊れることはありません。ただ5千気圧をも生み出す装置は非常に高価です。というのも通常、高圧力に耐える素材としてはステンレスなどが安価なのですが、ステンレスの圧力限界が3千気圧程度なのです。

金品先生の研究によりこの殺菌のメカニズムが解明されてくると、もっと低い圧力での殺菌が可能になるかもしれません。

生命と圧力の関係、それは私たちには意外な組み合わせの研究ですが、医学や生物学とは違った面からのアプローチとして、私たちに大いなるインパクトと興味を与えてくれるものではないでしょうか。

 


金品氏と研究スタッフ

 

[取材] 126号(平成19年1月号より)