最先端研究探訪 (とくtalk123号 平成18年4月号より)

2008年7月16日

ゲノム機能研究センター 遺伝子実験施設
高浜 洋介 たかはま ようすけ

 

生命システムの個性と自己識別

 

胸腺を知っていますか?

人のからだは、ウィルスなど外部からの侵入者(他者)から自己を防衛するはたらき(免疫力)を持っています。しかし、この免疫力が逆に病気の原因となったり輸血や移植の妨げになったりする場合があります。免疫力のもととなる細胞(白血球)が、どのようにして自分のからだを傷付けずに外部からのものに反応するのか、自分と自分以外とをどのようにして判別しているのか、そのメカニズムはまだまだ未知の領域です。

高浜先生の研究はこの未知の領域、生体防御システムへのアプローチです。このシステムを理解することは、たくさんの免疫病やアレルギー疾患の根本的な治療と予防にむけて必要ですし、また、移植や再生医療の効果的な発展につながると期待されます。

からだが自分と他者をどのように見分けるのか、その研究の鍵を握るのが「胸腺」です。胸腺は、私たちの胸の中のほぼ中央、心臓の上にかぶさるようにある臓器です。子供のころはしっかりと大きくて、30グラム程度にも達する臓器ですが、思春期を過ぎるころから小さくなり、大人ではほぼ脂肪のかたまりのように小さくなってしまいます。しかし胸腺は、実は、私たちの免疫力をつくりあげるためにはなくてはならない大切な臓器なのです。

高浜先生が研究しているのはこの胸腺の働きです。

白血球が体内に侵入したウィルスなどと闘うことは良く知られています。各種の白血球は、骨髄で作られ、身体のあちらこちらに送られて、それぞれの場所で外部からの侵入者と闘うのです。白血球にはいくつかの種類のリンパ球が含まれています。

それらリンパ球の中で一種類だけ、体内で骨髄とは違った場所で育つリンパ球があります。Tリンパ球です。Tリンパ球だけは、骨髄で生まれて間もない段階で胸腺に送られるのです。Tは胸腺(Thymus)のTをとって名付けられました。このTリンパ球こそ、自分と自分以外とを見分ける能力をもつ細胞です。そして、この能力をTリンパ球に教えるのが胸腺です。

 

胸腺はリンパ球のトレーナー

高浜先生が研究しているのはこの胸腺の働きです。

あえて例えるとすると、胸腺はTリンパ球の学校です。胸腺に送られた幼いTリンパ球は、胸腺学校の中で育ち成熟するとき、胸腺の中で実に大切なことを学ぶのです。それは、自分とは何かということです。

胸腺は、幼いTリンパ球を育てて一人前にして全身へと送り出しますが、Tリンパ球が胸腺から出ていったときに守るべき自分のからだとは何かを徹底的に教えます。胸腺はこの目的で、ちょうどデパートのように、自分のからだのありとあらゆる分子を陳列してTリンパ球にみせる機能を持っています。

また、ちょうど学校にも小学校や大学があるように、胸腺のなかにもいくつかの異なる教育の場を備えています。幼いTリンパ球専用の教育の場があり、一人前直前のTリンパ球がいる専用の場があるのです。多くのTリンパ球の中でも、胸腺学校の全課程を卒業できるものはごくわずかです。それは全体の1%程度というのですから、胸腺から出ていくTリンパ球は、そのひとのからだを守るために選び抜かれたエリートの精鋭集団と言えるかもしれません。

胸腺を出た成熟したTリンパ球は、Bリンパ球など他の白血球と同じように血管やリンパ管をたどって、身体の要所に配置されます。そしてからだを守るのです。Tリンパ球は人が大人になるまでには必要な数が身体に備わります。胸腺はその役目を終えて小さくなっていくのです。ただこれは休火山のようなもので、身体に異変があり、Tリンパ球がいざ必要となれば、その機能を復活させるそうです。

ここまで胸腺のはたらきは解明されていながら、Tリンパ球がどのようにして胸腺に導かれるのか、あるいは卒業したTリンパ球がどのようにして血液やリンパ液の中にもどっていくのか、また胸腺の内部でどのようにTリンパ球を教育するのかの詳細なメカニズムなど、まだまだ不明な点は多いのです。


上 研究中の様子、下 研究スタッフ

 

基本をだいじに、前向きに!

高浜先生は、胸腺が幼いTリンパ球を呼び寄せたり、胸腺のなかでの教育の場を移動させたりする分子(ケモカイン:特定の白血球に作用し、誘引するタンパク質)を次々と発見しています。しかしながら、それでもなおかつまだその道は遠いのです。

ごくまれに生まれつき胸腺がない場合があります。逆に胸腺が肥大化したり機能に変調をきたしたりして、重症筋無力症など自分で自分の組織を傷付けてしまう自己免疫疾患がもたらされてしまう場合もあります。したがって胸腺やTリンパ球教育についての研究には多くの期待があります。Tリンパ球が自己の組織を攻撃するような性質をもってしまう自己免疫疾患が起こったときにも、人為的に胸腺の機能をリセットしてTリンパ球を再教育させることができたら、多くの難病に対処できるかもしれません。

胸腺の研究のために、高浜先生の研究室ではメダカを飼育しています。人間と同じ脊椎動物でありながら、マウスなどの小動物に比べても、メダカは狭いスペースで飼うことができ、また多産であるため研究に必要な数がそろうためです。さらに身体が透明に近く、からだの奥にある胸腺のできかたや機能の観察がしやすいという利点があります。この小さな生命がその何百倍もある私たちの身体の謎を解くために役立っていることや、胸腺という聞き慣れない小さな臓器が「自分とは何か」といった大それたことを教えているといったことを考えると、生命の不思議さに改めてとりこになってしまいそうです。

「基本を見失わないように、根本的な疑問と向き合うことを大事にしています。近ごろは、ともすれば近視眼的で表面的な成果を追いかけまわす風潮もありますが、本当に大事なことを見据えた基礎研究を息長く取り組んでいきたいと思います」と、高浜先生は今日も小さなメダカたちの小さな水槽の前で目を輝かせています。

『私たちは胸腺を興味の中心に据え、「なぜだろう・なぜかしら」という個人個人のすなおな疑問にすなおに立ち向かうように心がけています。サイエンスは、あくまでも個々の人間による知的活動であるという基本スタンスに立ち、その個人が共同で生体のあらたな仕組みを解き明かしていくことによって、人類の知的財産にすこしでも貢献したいと考えております』
(高浜胸腺研究室ホームページより)

 

[取材] 123号(平成18年4月号より)