最先端研究探訪 (とくtalk136号 平成21年7月号より)

2010年1月8日

高度情報化基盤センター マルチメディアシステム研究部門
上田 哲史 うえた てつし

 

力学系を 創る 操る ワクワクさせる

 

現象を数式にすることは可能か!?

上田先生およびそのグループでは、非線形ダイナミクス( 力学系) についての研究をしています。非線形とは、線形でない、ということです。専門外の方にはいきなりちんぷんかんぷんでしょう。およそ科学者は、森羅万象について「法則」や「関係」を見いだすことを目的に日々研究していると言っても過言ではありません。それぞれの現象にはすべからく因果があり、それを数式で表すことができたらと夢見ています。

しかし誰が考えてもわかることですが、世の中は、あるいは自然は大いに不規則です。例えば株価は絶え間なく複雑に変動し、長期的にはどのようなトレンドが現れるかを予想することは極めて困難です。しかし、株価はホントに「デタラメ」な何かが原因で複雑な現象を示すのではなく、間違いなく個々の事情、すなわち消費者マインドやFRB議長の発言などに応じて変動しているはずです。これはよく聞かれる言葉『カオス』とよばれる現象です。

ある複雑な現象を方程式で書き表そうとする研究をモデリングといい、これは上田先生の主要なテーマです。カオスは確定的要素で決まる式からも生じ得ますから、現象からその規則を見いだそうとするひとつの有効な方法です。

ところで、科学や工学ではモデルとして扱いやすい「直線的な=線形」関係を採用することが常套手段ですが、上田先生の研究室では「直線的でない=非線形な」関係をそのまま受け入れてモデルを創っています。むしろ色々な現象の背景には最初から非線形な関係があると疑ってかかっているようです。

方程式に含まれる定数をちょっとでも変えると、出て来る現象ががらっと様変わりすることがあります。これを分岐現象といい、カオスは様々な分岐現象を経た究極の複雑な状況です。この分岐現象がどうような条件で起きるかを計算すること、現象を視覚化することもカオスの理解には大切です。

上田先生の研究は副学長の川上博先生を師として始まりました。1994年には川上先生とともに、非線形力学系の生成する複雑な現象をCGにより可視化するための本「C によるカオス CG(サイエンス社)」を出版しています。川上研で長年培われた分岐計算ライブラリが上田先生の研究室には備わっています。

実のところ、現象に十分マッチしたカオス的なモデルを得たとしても、カオスの性質から長期的な予測は不可能なのです。現実の複雑な状況を式で美しく表現できたとしても、それは単なる自己満足に過ぎないのでしょうか?いえいえ、短期的な予測は精度よくできますし、制御も可能になります。

カオスをほんのわずかに揺すぶることによって、規則正しい運動にすることもできるのです。カオス制御とよばれるこれらの研究分野でも上田先生は多くの仕事をされています。その中でひとつ興味深いテーマは、不安定化制御です。

本来の制御のコンセプトは、望ましくない状況を落ち着いた状態へと導くものですが、上田先生のそれは反対で、落ち着いている状態に微小な入力を加え、カオス状態を引き起こさせる制御を提案しています。

先生曰く、「ワクワクさせるためのアルコール摂取のような制御」だそうです。

2007年12月にフランスのINSA Toulouseで主催した国際ワークショップの模様

 

カオスが発生するメカニズムや方程式の応用も研究

やや難しい話になりますが、携帯電話の充電器などはスイッチング電源という装置が入っており、内部で半導体スイッチがカチカチととてつもないスピードで切り替わっています。その切り替え特性は往々に非線形であって、カオス的になり得ます。これらは区分非線形力学系と呼ばれ、その分岐問題の数値的計算については、上田先生の研究室の技術は世界的なものになっています。

次の目標はこの計算技術をCADに組み込むこと、つまり、エンジニアが手軽にスイッチ系を設計し、その応答や分岐を計算出来るようにしたい、究極的にはカオスの機能を利用した応用電子回路をつぎつぎと生み出せる枠組みを作りたいそうです。

いずれにせよ、世の科学者と逆の方向からアプローチしながら、それらを表裏一体のものとして科学的に表現しようとする上田先生の研究は、未知の世界に踏み込んでいくばかりのような印象を受け、それはある意味、哲学にも通ずるような世界ですが、そこに科学のダイナミックな真の姿を見る思いがするのです。

 

上田 哲史氏のプロフィール

  • 高知県生まれ
  • 1992年 徳島大学大学院工学研究科博士前期課程修了
  • 1994年 同博士課程中退
    徳島大学工学部知能情報工学科助手
  • 2009年 徳島大学高度情報化基盤センター教授

[取材] 136号(平成21年7月号より)